良い子が寝てる間に
ふと、目が覚めた。
まず視界に入ったのは闇色の天幕。太陽よりも早起きとは、我ながら健康的すぎる。
隣では眠りについた時よりも距離の近い位置にニケちゃんの寝顔がある。無意識的に寄ってきたのかもしれない。これで中々甘えたがりな子なのだ。わかりにくいけど。
なるべく物音を立てないように体を起こして、軽く身支度を整える。もちろん湾刀も忘れずに。
天幕から出ようとしたところで、後ろからもぞもぞと動く音がした。あら、起こしちゃったか。
「……むー……どこいくですか……」
「目が覚めたから外で運動してくる。ニケちゃんはまだ寝ててね」
「……はい……」
こてん、と寝転がる気配。
寝る子は育つ。早く大きくなぁれ、なんてね。
ニケちゃんが寝入ったのを確認し、外へ出た。外気に触れた頬がひりつくように悲鳴をあげる。
「本当に寒くなってきたなぁ……」
もう旅暮らしには向かない季節だ。本格的な寒波に見舞われる前に街に入った方がいいかもしれない。私だけならまだしも、ニケちゃんに冬旅は早い気がする。
天幕を囲うように置かれた石を蹴飛ばさないように気を付けつつ、ゆるりと天幕から離れる。
しばらく歩き続けて、大声を出されても天幕に届かない所まで歩いた辺りでようやく足を止めた。紅葉を終え、葉の落ちた木々も散見できる小さな林だ。
「さて、と」
まずは柔軟から。移動中に冷えた身体をほぐしていく。強ばったままだと動きにくいし。
いっちに、いっちに、いっちに……。
「………………うん」
何事も無く柔軟終了。
それではそろそろ、始めるとしますか。
「一応、先手を取る機会はあげたからね!恨み言は聞かないからね!」
湾刀を鞘から抜く。動揺の気配。まさか気づいていないとでも思っていたのでしょうか。それともずっと黙認しているとでも?まぁ、どちらでもいいんだけど。
左手の枯木に走る。何もいない。構わずに湾刀を枯木へと突き立てる。木ではない、弾力のあるものを貫く感触。ほら、いた。
「まず、一つ」
湾刀を引き抜くと、傷口から赤い液体が湧き出る。雪が溶けるように枯木が男の姿へと変わる。耳が長い。予想通り。
走る。
魔術師を相手にする時の鉄則は、一つ所に留まってはならない。詠唱を終える前に〜とかやられる前に〜とか、そういうのは気にするだけ無駄。詠唱時間なんて個人差があるし、そもそも一瞬で組み上げる人もいる。
師匠曰く、魔術師を相手にする時はとにかく動く。集中力を削ぎ、照準を合わせる暇を与えない。相手に当てられる想像が出来ない魔術は子供の弱弓に過ぎないんだとか。
二つ目。隠れるのをやめて詠唱を始めた男の喉笛を斬る。焦っちゃ駄目だよ。
ここでようやく三つ目と四つ目が動く。片方は隠れ身を解いて詠唱の構え、もう片方はその後方へと駆けていく。足止めしつつ逃がす気かな。
でも、駄目。
残った男の足下が盛り上がり、木の根が数匹の蚯蚓のようにうねりながら伸びてくる。一本、二本、三本。斬る、弾く、いなす。速やかに接敵し、逆袈裟に斬り上げる。これで三つ。
多分、逃げた一つが纏め役。師匠曰く、戦闘に慣れた集団は役に立たない者を逃がすよりも優秀な者か重要な者を優先的に逃がそうとするらしい。
つまり、あれは逃がしちゃ駄目なやつ。
湾刀を逆手に持ち直して振りかぶる。遠ざかる背は走ることに専念する為か隠形を解いていて良く見える。まだ届く。
師匠曰く、武器は消耗品。惜しむ事なかれ。たとえそれが自分の体であっても。
強く踏み込んで力を載せる。全力で、ぶんっ投げる!
「ぉぉおおりゃあああ!」
放たれた湾刀は矢のごとく、逃げた背中を追いかけていく。私も走る。
逃走者が振り返った。迫る刀に驚き、足をもつれさせて転倒した。その頭上を湾刀が追い抜き、勢いを無くして地面に落ちて転がった。
……ちょっと思惑とは違ったけど、足止め出来たことに変わりないから良しとしよう。
「とりあえず、腕と足を貰うね」
追い付いてすぐに、起き上がろうとする背中を踏みつける。じたばたと暴れる足を掴んで関節をぐいっと逆方向に曲げる。魔術師相手に加減をしてはならない。これも師匠の教え。
一本目は物凄くうるさかったけど、四本目となるとその元気も薄れるようだった。
「さて、と」
静かになった背中から降り、湾刀を拾って呻き声をあげる背中に腰を下ろす。はしないけど、この時期の夜の地面ってほぼ氷だから仕方ない。
「一応言っておくけど、変な動きしたら刺すからね。どうせなら痛い思いをする回数は少ないほうがいいよね?」
「下衆が……」
痛みを堪えながら吐かれたのは若い男の声。
「世間的には女の子二人を複数人で付け回す方こそ下衆って言われると思うけど」
「……」
黙っちゃった。仕方ないから勝手に喋っちゃおう。
「あなた達の事は師匠から聞いてるんだよね。魔術至上主義だっけ。魔術を極めるためなら何でもするって。お目当てはニケちゃんかな?あの子凄いもんね」
「あれは……我々の物だ。使い道は我々が、あ、ああぁ!」
「物、じゃない。ニケちゃんだよ?」
腕から湾刀を引き抜く。師匠から聞いてたから予想はしてたけど、話が通じなくて苛苛(いらいら)するなぁ。
「確認するけど、諦める気は無いの?」
この男が、ではなく彼の一族への意思確認。
「あれは、我々の、物だ。諦める諦めないの問題では、無い」
耳に残る、執念の篭った言葉だった。
「じゃあ、いいや」
ぐっと、心臓めがけて湾刀を突き込む。そのまま杖のように支えにして、跳ねるように痙攣する背中から立ち上がる。
引き抜いた湾刀を振って血を払い、鞘に収めて大きく伸びをする。
「帰ろ」
若干明るみの出てきた空の下、天幕へ戻る。
火を焚いてお湯を沸かし、湾刀の手入れを始めて暫くすると天幕からニケちゃんが顔を出す。
「……おはよー、ございます」
「うん、おはよ」
「おゆ、ください」
「顔洗うの?」
「です」
「持っていくから閉めてていいよ。寒いでしょ」
「はい」
うん、素直で良い子。
桃色剣士風来録 峰村尋 @minemura-hiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。桃色剣士風来録の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます