この木なんの木知らない木

 深くはない、けれども決して浅くはない森の中。

 久し振りの森林散歩に、機嫌良く鼻歌を歌っているニケちゃんを見ていて、ふと気になったことを訊ねてみる。

「そういえば、ニケちゃんって森暮らしが長かったんだよね?」

「長かった……まぁ、そうですね。そうなりますけど、それがどうかしたんですか?」

 今更な質問に首をかしげるニケちゃん。

「例えばさ、こういう木の名前とか全部わかったりするの?」

 適当に近くにあった木を指差しながら訊くと、ニケちゃんは何を馬鹿なことをと言わんばかりに鼻を鳴らした。

「そんなの知ってるわけ無いじゃないですか。木は木ですよ」

「そうなの?」

 ニケちゃんたちは森の民だとか番人だとか言われているくらいだから、森に関することなら何でもござれって感じなのかと思っていた。

「木の名前なんて、付けたいやつが勝手に付けて、呼びたいやつが勝手に呼んでるだけです。特徴だけ知っていれば、それ以外の事なんて必要ないですよ。木が話せるわけでもないですし」

「でも、森は友達とか言ってるよね」

「森には表情がありますから。木とは違いますよ」

 ごめん、あんまり意味がわからない。

「木は一本ではただの木ですけど、何本も集まれば顔になるのです。笑ってる森だといろんな生き物や植物がのびのび育ってますし、悲しい顔の森だと生き物は数えるくらいしかいないのです。そういう森には大抵魔物が住み着いてます。危険地帯です」

 なんとなくわかったようなわからないような。感覚的なものなのかな。

 首を捻っている私に、ニケちゃんはにっこりと天使の笑みを見せた。……あ、嫌な予感。

「もう日も傾いてますし、今日は野宿ですよね。この森はご機嫌ですから、食料に不足はないですよ」

 バッと天を仰ぎ見ると、ニケちゃんの言う通り結構日が傾いていた。

「……あー、うん、そう、だね」

 鼻歌を再開しながら、木の根元に生えている卵のような形のキノコに手を伸ばし出したニケちゃんに、私はいつぞやの闇鍋染みた食事を思い出して溢れそうになる涙を堪えることしか出来なかった。

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