〇〇には読めない文字
「ニケちゃんに問題です」
「は?」
とある宿の一室。暇を持て余した私は紙と筆を手に、床におしりをつけて本を読んでいるニケちゃんの前に立ちます。すっごく鬱陶しそうな顔をされましたが、気にしません。何故なら暇だから。
「これから書く文字はバカには読めない文字です。なんと読むか当ててください」
「なんで敬語なんです。気持ちの悪い」
……せめて気味が悪い程度にしてほしかったよ。
「師匠に教わったんだけど、こういう作法らしいよ?」
「モモの師匠は本当にロクデナシですね。モモに敬語とか、この世でもっとも不必要な組み合わせじゃないですか」
「私だって、敬語くらい使うよ……?」
ニケちゃんの中の私って、どういう人間なのだろうか。
「使うとか使わないとかどうでもいいです。気色が悪いことに変わりないです」
あれ、おかしいな。暇潰しのはずだったのに、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。
「大変気分が悪いです。さっさと謝るのです」
「え、うん。……ごめんなさい」
傷心しつつ頭を下げると、ニケちゃんの表情が妙に上機嫌なものに変化した。
「ふふん、いいでしょう。問題とやらに付き合ってあげます」
「ありがとう……ございます?」
なんだか釈然としないけど、とりあえず暇潰しに付き合ってもらえるらしいので紙に文字を書く。
「……なんですか、それ。文字ですか?」
「うん。漢字って言うんだって」
師匠が言うには私の故郷の文字らしいんだけど、そんな記憶は全くこれっぽちも存在しないので思い入れの欠片も無い。なんで師匠はこんなのを教えたんだろうね。役に立たないのに。無駄を嫌う師匠らしくない。
「……漢字なんてものは知らないですよ。読めるわけないじゃないですか」
「大丈夫だよ。バカには読めない文字ってだけだから、簡単な問題だよ」
「……遠回しに貶してませんか?」
「言ってないよー」
ふっふっふ、どうやらニケちゃんには分からないみたいですね。
にやける私が腹立たしいのか、先程上機嫌になったばかりの表情が苛立ちに染まっていく。
「くっ、さっきまで涙ぐんでたモモなんかにいいようにされるのは屈辱です。これが問題だも言うならなにか解答に繋がる情報があるはず……」
傷付いたのは確かだけど、涙ぐんではないよ?
「……二文字じゃ法則なんて見付からない……。……実は文字じゃない?いや、そんなわけ……」
「あと十秒ー」
「え、ちょっと待って」
「きゅーはーち」
いきなり始まった秒読みにニケちゃんが慌てる。年相応の表情が出てて可愛い。
「待って、待って、だめ、まって、まってよ」
待ってと連呼するニケちゃんに微笑みを向けつつ、秒読みを続ける。
「いーち、しゅーりょー」
「……むー」
うわ、ニケちゃんが頬を膨らませてる。なにこのいきものかわいい。
「おほん、では正解発表ーわーわーぱちぱちぱちー」
「…………」
流石に乗ってくれなかった。その目は早く教えろと訴えている。
「この文字はー、『バカ』と読むんだよ」
「………………は?」
「だから、『バカ』」
私が書いたのは『馬』と『鹿』。それぞれだと『ウマ』、『シカ』と読むんだそうです。不思議だよね。
「最初に言ったでしょ?『これから書く文字はバカには読めない文字』だって。これはバカ『には』読めないよねー」
問題の答えは最初から言っていたという、言われてみれば簡単な問題。
やられると本当に腹が立つ。だから私はニケちゃんに、
「こういう遊びを『なぞなぞ』って言うんだって」
とても良い笑顔で言ってやった。
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