そういうのに興味があるとかそういうわけじゃなくて純粋に気になっただけであって
久し振りのちゃんと手入れされた宿屋の寝台に寝そべりながら、私はニケちゃんが貸本屋で借りてきた魔導書をペラペラとめくっている。極々一般的な只人である私には魔力を操る術がないので暇潰し程度にしかならないが、それでもこうして眺めているだけで中々に面白い。
日進月歩の勢いで新技術が誕生しているこの時代において、魔術というものは手品の上位的な位置に置かれることも多い。
魔術が一般的では無かった時代は、火打石で火花を起こしたり、木の棒を木片等に押し付けて回転させて摩擦熱による発火を利用したりと苦労していたらしく―それはいまでも変わらないが―、使えるだけでも崇められる類の神秘だったそうだ。それが今では燐寸の登場により、魔力などという妙ちくりんな力に頼らずとも手軽に火を起こせるようになってしまった。昔は黄金にも勝ると神聖視されていたものが、現代では硬貨数枚程度の価値に成り下がってしまったのだ。
そんな代物を仰々しく神秘と呼んでいいのかと、先程は手品の上位だと表現したわけなのだけど。
実際に専門書を紐解けば、その認識が見当違いも甚だしい素人の暴言なのだと思い知らされる。らしい。
「んー、うむ」
さっぱりわからん。
度々出てくる『第五元素』ってなに?
専門書なだけに専門的過ぎて理解不能です。
眺めているだけなら面白いんだけれど、読んでみて何かを学べたかと問われると首を捻るしかない。理解出来ないことが理解できる、とでも言うべきか。
こうこうこうしてこういうことをするとこんなことがおきます、みたいな事が書かれているのだろうことは分かる。でも、その大半が暗号めいていて、読解しようとすると匙をへし折った後全力でぶん投げたくなるくらいに意味不明。
これが市井で出回っているほどに難易度の低い、いわば初級編のようなものだと言うのだから恐ろしい。
結局、素人が何を言おうと神秘は神秘であり、未だ人智の遥か先を行く謎めいたものということか。
凡人は過程をすっとばして結果だけ『へー、こんなことが出来るんだ』と感心しながら流し読むくらいが丁度いい。
「………………」
あ、ちなみにそんな頭痛製造機のような本を絵本か何かのようにぱっと読んでしまったうちの専門家は、荷物から硝子瓶をいくつか取り出してごそごそと何かやっています。まあ、魔術に関する実験もしくは調合なんだろうけど。
こういう時のニケちゃんは触ると祟る。
ニケちゃんが集中しているところを近くで見てたり話しかけたりして邪魔をすると、良くて無視悪くて実験台にされてしまうので、私は大人しく読書に勤しんでいるのです。はい。
ぺらぺらぺらぺら………………はっ。
「え、なにこれ、うわ、ええ……」
いきなり現れた図解に頁をめくっていた手が止まる。
もし魔導書に彩色が施されていたなら、この頁は肌色で埋め尽くされていることだろう。
上部に書かれている題目は『性行為に関する概論』。
「………………………………」
いやまあこういう魔術があるという話は聞いたこともあるしこの魔導書に記載があっても不思議じゃないんだろうけど改めて見つけてしまうと私も年頃の女の子であるわけだからどうしようというかうわーなにこれこんなはっきりくっきり描写しちゃっていいんですか
「……なにやってんですか」
びくっ。
「………………」
額から冷や汗が滲むのを感じつつ、声の降ってきた方へと顔を上げる。
色の着いた液体の入った硝子瓶を手に持ったニケちゃんが、平べったくて茶色くてカサカサした虫が交尾しているところを目撃したような、有り体に言って物凄く汚ならしいものを見るような目で私を見ていた。
「あ、いや、これはね、」
「………………」
静かに、それはもう本当に静かに、ニケちゃんは私から距離をとった。
……どうしよう。
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