お前は既に死んでいる的な
師匠はたまに妙な自論を持ち出してくる。これはその一幕。
『よく死ぬ覚悟を決める、とか言うじゃないか』
『は?』
いつ手に入れてきたのか目新しい本を読みながら、片手で器用に木刀を持って私の稽古をつけていた師匠が突然そんなことを言った。
『戦場なんかでさ、士気を高めるために言うやつだ。だからって本当に死ぬことを前提にして戦うやつなんかいないだろ。普通は勝って生きて帰りたいに決まってる』
『はあ』
この鬼教官が変なことを言い出すのはいつものこと。だけど、稽古中はやめてほしい。これで太刀筋が乱れたりなんかしたら、『鈍ってるね。素振り千回腕立て腹筋五百回』などと理不尽さを爆発させるんだもの。あれって絶対落ち着いて本を読むための口実だよね。中読者め。
『だからさ、生きる覚悟を決めろって言うべきなんじゃないかって思うんだ。何をしてでも生きるって決めたやつは図太く、そして視野が広くなる』
渾身の突きを剣先で軽く逸らされ、歩き出すような自然さで足を払われる。体勢を崩されてがら空きになった私の胴体へ容赦ない一撃が打ち込まれた。
『ぐうっ』
『別に覚悟を決めることが悪いとは言わないけどな?でも、死ぬ覚悟を決めて生きることを諦めたやつは、生きているとは言えないんじゃないか?』
極論とも言えるそのようなことをのたまいながら怒濤の連続攻撃。三つ四つ防ぎ損ねて痛手を負う。
『生きていない。すなわち死人』
思わず距離を取った私を追うことなく、本の頁をめくる。
『戦場ならまだ構わないけど。あれはいわば蠱毒だ。正気なんか保っていられない。死人も増える』
『せや!はぁ!でぇやあぁ!』
一撃の可能性を捨てた連撃。これで隙を作り出せたらもうけもの、一発当たれば超幸運。
『桃。もしそれ以外の場所で、死ぬ覚悟を決めた愚物を見つけたその時は――』
私の剣閃を全ていなし、返す刀で鋭い面打ち。目の前が白黒に点滅する。
『遠慮容赦なく叩き斬れ。どの世界にも死人の居ていい場所はない』
なんと、戯言ではなく訓示だった。
――まともなことを言うなんて珍しい。
脳を揺らされて視界が点滅し、倒れる私は意識を失う前にそんなことを思ったのだった。
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