第4話

石坂邸の外で何が起こったのかが分かった・・・騒がしい原因は・・・。

 発煙筒が邸宅の周りの溝の二か所に炊かれ、煙が蔓延したようだった。

 「誰が、こんなことをやったんだ?」

 小原が怒りに任せて怒鳴るが、誰も返事をしない。

 「おい、棟方警部」

 「分かりません。今から調査します。いえ、何処から手に入れた発煙筒なのか調べます」

 と、言ったが、

 「もう、いい。みんな、元の配置に就け・・・。なぜ、こんなに集まっているんだ・・・みんな持ち場に戻れ」

 小原に怒りはあったが、冷静だった。

 「警視正殿、あっちに黒猫がいます」

 全く別次元の報告する警官がいた。棟方警部がニタニタ笑っている。

 「猫・・・。猫などどうでもいい。みんな、早く元の位置に戻れ」

 小原は苛立った。何でもかんでも報告しなくていい。これ位のことで持ち場を離れるな・・・と、思うが、そういう自分も、ここに飛び出して来ている。それを考えると、大きな声を張り上げられなかった。

小原警視正が座敷に戻ると、黄金の兎分鎮が気になった。だが、何も起こった様子はなかった。この時にはもう警備の警官は庭に戻って来ている。

 座敷には主税だけが残っていた。そこへ、娘の美知が戻った。

 「美知、何処へ行っていた?」

 「私も外が騒いでいたので見に行っていたのですが、誰かが悪戯で発煙筒を燃やしたようでしたので・・・すぐに戻ったんです」

 「そうか。それならいい」

 この時、玄関の方で声がした。誰かが来たらしい。

(こんな騒がしい時に来るとは・・・誰だろう?)

この家の周りにはパトカーが何台も止まり、警察官も警備を固めているのである。普通の人間なら、恐れて近付かないだろう。

 美知が玄関に行くと、身体の小さい男が立っていた。美知は一瞬、誰だろう、と躊躇した。だが、すぐに思い出した。身体の小さな男は彼女の記憶にはそれ程印象強く残っていなくて、もう何年もあっていなかった。もっと顔を合わしていたのかも知れないが、彼女が幼かったため対して興味をひかなかったのかも知れない。

 「お兄さん・・・」

 「そうだ。その兄だ。どうした・・・」

 美知の疑問には答えずに、男は、

 「おっ、美知。久し振りだな。何があったんだ?」

 と、いうと、断りもなしに上がり込んで来た。

 「待って、お兄さん・・・」

 美知にとっては兄に違いなかったのだが、この兄とは十五歳も離れていた。

 小谷仲次は主税の前妻の子で、美知が四歳の時に美穂と離婚していた。その時美知は五歳で後妻玉枝の子である。男子は出来なかったが、まだ玉枝は子供を産める年齢だったから、主税は諦めてはいなかった。主税は男の子が生まれなかったことを悔やんだが、妻を責め立てることはなかった。

美穂と息子の仲次がこの家を出ていたから、美知はこの兄と一度も会っていない。同じに居た時にこの兄と余り話もしていないし、遊んでもらった記憶もなかった。でも、歳の離れた兄という意識は、五歳だったけれど、あった。

 「今、お父様を呼んで来ますから・・・」

 美知は奥に走って行った。すぐに主税はやって来た。

 「お前、どうしたんだ、何しに来たんだ?」

 追い出されてこの家を出たのではないから、双方に憎しみはない。だから、ここ十数年行き来はなかった。

 「親父、頂きたいものがあるんだよ」

 仲次がにやにやと笑っている。

今美穂の苗字の小谷に変わり、小谷仲次になっていた。ややっこしくなるから、小谷とする。主税が怪訝な眼で息子を睨んだ。息子には間違いがない。

「何だ?」

仲次が笑った。

「例の黄金の兎文鎮だよ。俺にも、この家の何かをもらっていい筈だ。そうじゃないか、親父!」

石坂主税は強引に拒絶出来ない。だが、主税は、

「あれは、いかん」

と、言った。

「まあ、こういう返事が来ることは承知している。だが、俺はそう簡単に引き下がるわけには・・・いかない」

仲次は奥に行こうとする。どうやら黄金の兎文鎮のある場所は知っているようだ。

主税は止めようとするが、

「まあ、ちょっと見せてもらうよ。いいだろう・・・」

仲次は強引に入り込んでいく。座敷に入り、さらにその奥に入って行って、黄金の兎文鎮を持ち出した。座敷机に置くと、

 「これこれ・・・親父、これを俺にくれ」

「俺はこの屋敷もいらない。これだけでいいんだ」

仲次は一歩も引かない。そこへ、小原警視正が顔を出した。騒がしいので見に来たのだろう。

警察と聞いて、仲次は一旦引き下がることにした。

「なぜ・・・警察がここにいるんだ?」 

 主税に撥ねつけられ、今は警察が警備していることもあり、直接もらうことに計画を変更した。

 「ところで、何なんだ?」

 仲次はここで初めて警察がいる理由を聞いた。主税は説明した。

 「九鬼龍作・・・誰なんだ?そうか、それで、警察が来ているのか」

 仲次は納得したが、

 「それなら、俺にそいつを早く渡せ。持って逃げてやる」

 と、ガラスケースを持って行こうとする。

 「馬鹿!いかん、そこに、置け。欲しいという奴は、そう簡単に捕まえられる奴ではない」

 主税が怒鳴る。

この様子を小菊は庭の花壇の所にしゃがみ聞き耳を立てていた。この時、彼女の足元には何処からやって来たのか、黒猫がいた。

 「来たのか・・・もう少しで事件は起こり、解決するからね。遊ぶのは、それからだよ」

 小菊は黒猫の頭を撫で始めた。

 ニャー

 「お前も手伝ってくれるのか。よしよし」

 小菊の眼は庭の奥にある松の木に集中していた。

 黒猫は眼を細め、気持ち良さそうだった。

 この状況はますます・・・ややっこしくなりそうな気配だった。そう感じた彼女は、

 (このままではいれないわね。誰かが何かの行動して来るはずだわ。ちょっとした仕掛けを・・・)

 しておくことにするのがいい。

 「どんな仕掛けをするか・・・ふふっ」

 新藤小菊は庭の奥の方に黒猫を抱き、歩いて行った。

「そんなに暴れないで・・・怖い所に連れて行くんじゃないのよ」

そういわれると、くるねこは大人しくなった。

 「しばらく時間が必要ね。キッチンを借りなくてはね」

 小菊は黒猫を地面に下ろした。歩き難そうに歩いたが、すぐに止まり、小菊を見上げた。

 「少し、我慢してよね」

 こういうと、彼女は松の木の周りを観察し始めた。

 「あった。これだ」

 小菊は目当てのものを見つけたようだ。 


 「小菊さん、何をするんですか?」

 「まあ、見ていて下さい。黄金の兎文鎮を守るのです」

 美知は眼を見開いて、小菊のやることを見守っている。美知には何かは分からなかったが、鍋に何かを入れ、ぐつぐつとに始めた。

 「まだ硬いか・・・柔らかくした方がいいわね・・・」

 小菊はひとり言を言いながらもたのしそうである。

 十数分後、小菊はぐつぐつ煮た液体を、ゴムの袋に入れ、美知を残して何処かに行ってしまった。この後、小菊が何処へ行き、何をしたのか美知には分からない。というより、この屋敷にいる誰も小菊の行動を把握していない。

 その日の時間は確実に過ぎて行った。

 そして・・・

 午後九時過ぎ、塩野乙美がいなくなった。それに気付いたのが、美知である。彼女には乙美に使いに行ってもらいたいことがあったのである。時々年齢が近いこともあって、女性としての用事を頼んでいたのだ。

 「大久保さん、乙美さんがいないんだけど・・・」

 「えっ・・・部屋にいる筈なんですけど・・・」

 だが、いなかった。」

 この数分後、石坂家の玄関に真っ白い布で包まれた箱が置かれているのに、警備の警官が気付きました。すぐに警視正に届けられ、中身の確認をすると、それは人間の耳だった。詳しい分析はすぐに科捜研に回されました。

 「若い女の耳だそうです」

 という結果の報告を受けた。

 ここで警視正の頭に浮かんだのは、若い女というより、

 「なぜ・・・耳なんだ?」

 ということです。それに、まだ塩野乙美の行方も分かっていなかった。

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