♯10 【三番目の選択】

 なんやねん! この物騒すぎる選択肢は!

 真ん中の選択肢は論外だ!


 と、なると残りは一番上と一番下の選択肢だが……。


(むむむ……)


 会社に来た理由は二つある。


 一つは現状の確認。


 もう一つは東京に行くために、社有車を使えるかどうかの確認だった。


 俺は自前の車を持っていない。

 なので仕事の移動はいつも社有車を使っていた。


 誰もいなければ、あわよくば使ってしまおうと考えていたのだが……。


「関係なくはないよなぁ……無難に一番下かな」


 ……。


 選択肢を押そうとしたが、手が震えてきた。


 まさかこの前みたいなことにはならないよな……?


 これは重要な選択なのだろうか……。


 少しためらっていると、下の時計のシンボルが点滅をし始めた。


 ったく! 全然、待ってくれないじゃんこの選択肢!

 もう少し考えさせてくれよ!


「ええーい!」


 時計に煽られたのもあって、俺は一番下の“ゆずってくれ頼む!”を選択した。


「な、夏木なつき君が来てくれるとは!」

「は、はい!」


 時間が動き始めた。

 加藤かとう支社長がこちらに近づいてくる。


「とりあえずクライアントに連絡をしてくれないか!?」

「へ?」

「きっと、お困りのクライアントはいると思うんだ! どこかには電話が繋がると思うから!」


 変な声が出そうになった。


 こんなときにまで仕事の話?


 お困りのクライアントはいるかもしれないが、それはきっと今は別のことで困っているんだと思うけど……。


「し、支社長そんなことよりも……」

「そんなこと!? 仕事をそんなことだと言うのかね!」


 うわぁ、ダメだこりゃ。

 お説教モードの空気を感じ取った。


 よく見たら支社長の服装はスーツにネクタイだ。


 本当に仕事をするつもりでここに来たのだろう。


 ユウ以外で、初めて会った人がこの人なんて……。


「い、いえ! でも、今はもっと優先するべきことがありまして!」

「優先するべきこと?」

「この子を東京まで送り届けたいんです! 自分の家族も東京なので安否を確認したいんです! 東京に向かうのに社有車を貸していただけないでしょうか!?」


 正々堂々とお願いをする。

 この人に嘘をついてはダメだ!


 ただでさえ加藤かとう支社長は嘘を見抜くのが上手い。


 仕事は百戦錬磨!

 話すのが上手ければ、仕事もできる。

 髪はないが、頭はいい。

 嫁はいないが、クライアントとの空気を読むのには長けている。


 そんな人相手に、嘘をつくのは悪手でしかない。

 嘘をついたら俺の心証は必ず悪くなる。


夏木なつき君、公私混同は感心しないな」

「うっ」

「そんな理由で会社のものを個人に貸せるわけないだろう」


 うっ……。

 作戦失敗してしまった。


 こりゃ選択肢をミスったか?

 車がないと東京に行くのは難しくなってしまう……。


「早くスーツに着替えてきたまえ。そもそも出社時間はとうに――」


 くどくどと支社長が俺に説教を始めた。


 うぅ、なんでこうなるかなぁ。

 なんでこの人は神隠しにあってないんだよ。


「その子は親戚の子? その子は家族に預けて――」


 ……。


 ……。


 ぷっちーん。


 今、この人は言ってはいけないことを言った気がする。


「お言葉ですが!」

「な、なんだね!?」


 自分で思ったよりも大きな声が出てしまった。


「今は仕事よりも優先すべき事項があると思います!」

「な、なにぃ!?」

「家族に会えないのってとてもつらいことなんじゃないでしょうか!」

「むっ……」

「自分は家族より大切なものはないと思ってます! 僕はこの子と一緒に東京の実家に帰ります! 失礼します!」


 支社長に思いっきり礼をして、そのままこの場を立ち去ることにした。


「ユウ! 行くよ!」

「は、はい!」


 俺は頭に血が昇ったまま、ユウの手を引っ張った。


 知るか、知るか、知るか!

 こんな会社、もう知ったことか!


 俺は一刻も早く事務所から立ち去ることにした。


「な、夏木なつき君! 会社は!? 会社はどうするんだね!」

「知りません! もうやめます!」

「はぁあああ!?」


 最後まで、支社長の嫌みったらしい声が聞こえてきた。

 



※※※




「やっちまったなぁ」


 駅のベンチに腰をかけて休憩をする。

 全く期待してはいなかったが、やっぱり電車も動いていなかった。


 まるで成長していない……。

 結局、あの日と同じように上司と喧嘩をしてしまった。


「落ち込んでるんですか?」


 ユウは俺の隣に座っている。

 

 静かな駅、静かな駅前、静かなロータリー。

 そして沈みゆく俺の心。


 東京に行くと勇んだはいいが、移動手段がなくなってしまった。


「年上の人と喧嘩するのは良くないなぁと思って」

「お仕事のことはよく分かりませんが」


 ユウがベンチで足をぷらぷらさせている。


夏木なつきさん、格好良かったと思いますよ。あの人、嫌な感じでしたし」

「はい?」


 ユウがわけ分からないことを言い始めた。

 初めて名前で呼ばれたような気がする。

 

「ビシッと年上の人に言うのって格好良いなっって思いました。それに私、嬉しかったです」

「嬉しかった? 何が?」

「私の気持ち、分かってくれてたんだなって」

「……」

「頑張って家族に会いに行きましょう」


 うぅ……やめてくれユウ……。

 その言葉は俺に効く……。


「でも、どうやって東京行こうか……」

「私、歩きで行くつもりでしたけど」

「はい!?」

「歩けない距離ではないですよね」


 た、たくましいぃ……社会人にその発想はなかったわ……。


「それに車は危ないですし」

「……」


 この前の事故が脳裏をよぎる。


 確かに危ない……かも……?


 そもそも俺、近場しか運転したことのないペーパー運転手だった。


 それに――。


「そうだね、確かに車は危ないね」

「ですよね」

「じゃあ、徒歩で行こうか」

「はい」


 俺とユウは立ち上がった。


 ――それに歩きながら世界の状況を確認をするのも悪くないかもな。


 歩きといえど、一週間もあれば東京には着くだろう。


 家族のことが気になるが、ユウには携帯があるから何かあったらきっと連絡はくるだろう。


 うちの家族もなんだかんだでたくましいから大丈夫だと思いたい。


(誰もいないなら盗――)


 ふと、悪いことが脳裏に浮かんだ。


 いやいや!


 いったいどれほどの人が残っているのかも分からないし、それは良くないよな。


 ちゃんとお金を出して買い物をして、今まで通りちゃんとしていこう。


(東京に行けば何か分かるかな)


 俺たちはゆっくりと東京に向けて歩き始めることにした。

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