♯9 目的地は東京!

「だって知らない人と一緒に行動するのは怖いですし」

「自己紹介済みなのはお忘れなようで……」

「それに」

「それに?」

「顔がちょっと怖いです」

「それは自分ではどうしようもできないからぁああ!」


 人様のルックスにツッコむんじゃねーよ!

 俺だって目つきが悪いのはコンプレックスなんだからさ!


 これでもオフクロにはイケメンだって褒められてたんだぞ!

 特徴がなくて、スーパーで安売りされているような美形だって!


「ひ、一人だと心細くない?」

「それは――」

「それに俺も丁度、東京に行きたいと思っていたところなんだ!」

「……」

「誰もいなくて寂しいからさ、俺も一人だと心細いんだ。東京まででも一緒に行かない?」


 社畜必殺、己を犠牲にする営業トーク!

 自分を下げる言い方をすることで、先方に気持ち良くなってもらう方法だ。


 ……なんでここでそのテクニックを使っているのかはよく分からないけど。


「じゃ、じゃあ東京までなら……」

「うん、そうしよう」


 ユウがようやく首を縦に振った。

 

 ……。


 今度はもやもやしない……。


 多分、これで良かったような気がする。


「じゃあ着替えたら行く準備をしようか」

「は、はい」

「君の着替えはそこにたたんでおいたから」

「たたむ?」


 ユウの洗濯物は、洗濯機が回り終わると同時に乾燥機にぶち込んだ。

 乾燥が終わったので一応ちゃんとたたんでおいたのだ。


 ふっ、俺は気の利く男なのだ。


「下着は?」

「一緒にたたんでおいたけど」

「きゃあああああああああああああああ!」


 ユウの悲鳴が俺のアパートに響き渡った。




※※※




--------------------------------------------

誓約書


 私、夏木なつき佳介けいすけはユウと一緒に行動するにあたり以下の事項を遵守することを誓います。


~以下、誓約内容~


1.決して危害は加えません


2.変態はしません


3.人の下着は勝手にたたみません


 約束を破った場合は死をもって償います。


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 三番目の項目が追加された。


 よく分からん誓約書になってきた。


 というか二番目と三番目は納得いかん!


 子供の下着になんて興味ねーよ。

 ただのスポブラに、ただのリボンのついた白いパンツじゃねぇか。


「これ使っていいよ」


 色々言いたいことはあるが我慢だ……。

 言い返したらまた変態って言われるに違いない。

 世のお父様の苦労をお察しいたします。


「でも……」

「手ぶらではいけないでしょう」


 制服に着替えたユウに、白い小さなリュックを渡す。

 予備で使っていた俺のリュックだ。


 さて後はどうやって東京に行くかだが、その前に――。


「ちょっと寄りたいところがあるんだけどいい?」

「それはかまいませんが」


 まずは職場の確認をしたい。

 上手くいけば社用車を使えるかもしれない。


「携帯も充電したほうがいいよね。電気屋さんにも寄ろうか」

「あっ」


 あとはユウの携帯の電池残量が気になる。

 連絡がくるかもしれないのに、いざというときに電気切れじゃあんまりだ。

 モバイルバッテリーがあればいいのだが。


「あ、あの……私、お金を持っていないんですが……」

「ん?」

「充電器を買うお金がありません」


 ユウは気まずそうに目をそらしながら、俺にそう言った。


 ちゃんとしている子なんだなぁ。


 この状況でお金が必要かは置いといて、しっかりしてらっしゃる。


「俺、お金持ってるし」

「それは大変申し訳ないというか……」

「じゃあ出世払い? でお願い」

「出世払い?」

「君が大きくなったら返して」

「……」


 イマイチ納得していない顔をしている。


 まぁ、いいや。

 そんなの気にしている場合じゃない。


 というか、そもそもこの子の実年齢いくつなんだろう?


 なんとなく小さい子と話しているみたいに話しちゃってるけど。


「じゃあ外に出ようか」

「はい」


 こうして俺たちは再びアパートの外に出ることになった。




※※※




 うちのアパートから徒歩五分。

 駅前の商店街の雑居ビルの中にうちの会社の事務所がある。


 この前いた病院とは反対の方角だ。


 今俺のいる市の駅前は、シャッター街というほど寂れているわけではない。

 美味しいラーメン屋さんはあるし、流行りのクレープ屋さんなんかもある。

 

 ……のだが、いまいちパッとしない。

 

 東京に比べたら全然活気がないように感じる。

 ついこの前も、老舗の百貨店が閉店したとニュースを沸かせていた。


 なんだろうなぁ、地方特有の倦怠感というかのんびり感というか。

 上手く言い表せないが、そういうものが蔓延しているような気がする。


 流行りと廃りの二極化が激しいというかなんというか。


 そんな場所に俺たちは向かっていた。

 

「ユウさん」

「なんでしょうか?」

「手を繋ごうか」

「はぁ?」


 道路が見えてきたので、ユウにそう声をかけた。

 ユウからは素っ頓狂な声が出ている。


「な、何故ですか!?」

「クルマ危ないから」

「この状況でですか?」


 比較的大きな道路を歩いているのだが、クルマの気配はもちろん人の気配すらない。


 道路にはちらほらと放置されたクルマがあるだけだ。


「いいから! 何があるから分からないか!」


 そう言って、ユウの手を無理矢理握った。


 あんな思いは二度とごめんだ!

 実際、黄色いの自動車が電柱につっこんでいるのを俺は見た!


 実際の現場を見たわけではないから分からないが、誰もいなくなった道路をかっ飛ばすクルマがいてもおかしくはない!


「な、なんなんですか!?」

「君に怪我があったら困る」

「はい?」

「家族に会うんだろう。お見舞いに行ったおばあちゃんだって、君が怪我したら悲しむよ」

「?」


 俺の言葉にユウが目をぱちくりとさせた。


「なんでそのことを知ってるんですか?」

「え?」

「なんで私がおばあちゃんのお見舞いに来たことを知ってるんですか?」

「げっ」


 し、しまった……。

 これは前選択肢で聞いた内容だった!


 今回は、まだそのことはユウの口から聞いていなかった。


「な、なんとなくそう思って……」

「ふーん?」


 ユウから不思議そうな声がでているが、それ以上の言及はなかった。


 そ、そうかこういうパターンもあるのか……。


 それにしてもあの選択肢ってなんなんだろう。

 選択肢に巻き戻る条件ってあるのだろうか……。

 



※※※




「着いた」

「どこですか、ここ?」

「俺の会社」


 結局、誰にも会わずうちの会社についた。


 株式会社吉成企画。


 東京が本社の広告代理店だ。

 吉成社長が一代で築きあげた中小企業だ。


 大手の広告代理店には敵わないので、地方のニッチなところを狙って事業を拡大している。


 業績はぐんぐん伸びているらしいが、その分コンプライアンスの整備などはまだまだ甘く、俺が知っているだけでも何人もこの会社をやめていった。


「はぁ……」


 会社のカギを使い、事務所に入ってみる。


 案の定、誰もいない。


 照明だけが煌々こうこうと輝いていた。


 不思議な感じがするなぁ……。


 大っ嫌いな会社だったのに、もぬけの殻になっている事務所を見ていると少し悲しくなる。


「私、ここにいても大丈夫なんですか?」

「誰もいないから大丈夫だよ」


 ユウがとても居心地悪そうにしている。

 本当なら、こんな子を連れてきたら怒られるんだろうなぁ……。


 自分のデスク周りも見てみる。


 あの日のまま、そっくりそのままになっていた。


 ……本当に、本当に誰もいなくなっちゃたんだな。


 じわじわとその実感が湧いてきてしまった。


「き、君は夏木なつき君か!?」

「へ?」


 しみじみと自分のデスクを見ていたら、ふとよく聞き慣れた声に話しかけられた。


「し、支社長ぉおおおお!?」

夏木なつき君!」


 げぇ! あのハゲ頭は!

 か、加藤かとう支社長じゃねーか!


 この事務所の総責任者だ!


 第一村人ならぬ、第一上司を発見してしまった!




◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄❖


 支社長を見つけました。

 支社長は社有車のカギを持っているようです。

 どうしますか?


 関係ない!


 殺してでも奪い取る


 譲ってくれ頼む!


❖____________________◢



 今度は選択肢が三択になって現れた。

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