♯8 RE:【二番目の選択】

 選択肢を選び終わると、すぐに時間が動き始めた。


「うわぁあああああああ!」

「な、なんですか!?」


 自分でも気づかずに叫んでしまっていた。

 ユウが心底驚いた表情をしている。


「い、生きてる!?」

「はぁ?」

「だ、大丈夫!? なんともない!?」


 ユウのほっぺを叩く。

 手と足が曲がっていないか、入念にユウの体を確認していく。


「あのぉ……」


 めちゃくちゃ睨まれている。

 しかも汚物でも見るかのような目でだ!

 でも今はそんなの関係ねぇ!


「私、今薄着なんですが……」

「そんなの関係ねぇ!」

「だから下着を着てないんですが……」

「でもそんなの関係ねぇ!」

「変態はやめてくださいっ!」



バッチーン!



「いってぇええええ!」


 年下の女子に思いっきりぶん殴られた。


 でもこの痛みは夢じゃない!


「なんなんですか急に!」

「よ、良かったぁ……」

「は?」


 ほろりと目から涙がこぼれて落ちてしまった。

 よく分からないけど、ユウは無事なようだ。


「そ、そんなに喜んでくれるんですか」

「そりゃあそうだよ!」

「へ……?」


 ユウの大きな目がまん丸になった。


 色んなことが起こりすぎて感情がぐちゃぐちゃのままだ。


 正直まだ混乱しているし、よく分からないことだらけだ。


 でも、とにかくこの子が無事で良かった。


「と、とりあえず! 誓約書に追加しておきますから!」

「へ?」



--------------------------------------------

誓約書


 私、夏木なつき佳介けいすけはユウと一緒に行動するにあたり以下の事項を遵守することを誓います。


~以下、誓約内容~


1.決して危害は加えません


2.変態はしません


 約束を破った場合は死をもって償います。


--------------------------------------------



 新たに2が追加された。


「これじゃ俺が変態みたいじゃねぇか!」

「変態なんです」


 ユウが俺からさっと離れた。

 携帯から手を放し、ズボンがずり下がらないように支えている。


「と、とりあえず私は東京に帰ろうと思いますので!」

「……」

「な、なんですか!? 何か言いたそうに!」

「……君は東京出身なの?」

「あっ」


 ユウがあからさまにしまったという表情をした。


「なんで変態さんに教えないといけないんですか!」


 じとっとした目つきで思いっきりに睨みつけられてしまった。




※※※




 ユウが洗面所前の廊下にぺたりと座り込む、洗濯機が回り終わるのを待っている。

 どう見てもさっき見た光景だ。


 同じことをやり直している……?


 ゲームなら選択肢の前にセーブをするのは定石ではあるが……。


「とりあえずご飯食べようか。ずっとまともに食べてないんでしょう?」

「……」

「昨日もポテチしか食べてないもんね」


 さっき買ってきたパンと飲み物を用意する。

 ついでにお湯を沸かして、備蓄していた粉末のコーンスープでも入れてやろう。


「とりあえず部屋で食べよ。そこは疲れるでしょう」

「変態さんと食べるんですか」

「誓約書があるでしょ! 自分で書いたくせに!」

「むぅ……」


 俺がそう言うと、ユウが立ち上がって部屋まで戻ってきた。


「誓約書を破ったら俺死なないと――」

「?」

「い、いや何でもない……」


 “死”という言葉を出すのをためらった。

 怖い、ただひたすらにその言葉が怖い。


「すみません、ではお言葉に甘えていただきます」

「うん……」

「実はお腹ペコペコでして」

「じゃ、じゃあいっぱい食べないとね」

「どうしたんですか? 顔色が良くないようですが」

「そ、そう!?」


 まずい! 不審がられている!


 さっきのことを言っても、信じてもらえるとはとても思えない。

 これは俺の胸の内だけにしまっておこう……。


「ちゃんと制服は乾いてからのほうがいいよね」

「どういうことですか?」


 思わずそんなことを言ってしまっていた。




※※※




 ユウはコンビニで買ってきたパンをぺろりと平らげた。

 数えていないけど、多分余裕で五個くらいは食べた。

 本当にお腹が減っていたのだろう。


 緊張していたのか、うちに来てからはずっと背筋が伸びていたユウだったが、ご飯を食べ終わると少しリラックスした顔つきになっていた。


 今は部屋の端っこにあるソファーにゆったり腰をかけている。


「眠い?」

「すみません……」

「眠たかったら寝ててもいいんだよ」

「でも……」

「でも?」

「勝手に寝たらご迷惑かなと……」

「これから東京に行くんでしょう? ちゃんと休憩しといたほうがいいよ」

「それも……そうですね……」


 そう言うとユウは次第にすやすやと眠り始めた。


 今日は起きるのも早かったしな。

 時間はまだ朝の九時にもなっていなかった。


「よし……!」


 多分、ユウは制服の洗濯が終わるとすぐにこのアパートを出ていく。

 それまでに俺も用意をしなければ……!


 うちの会社の鉄の掟その1。

 問題が起きたらすぐに最適なソリューションを考えろだ!


 ……。


 ……。


 ……いや、社畜時代の受け身な自分はもう忘れよう。


 まだ今の状況をよく分かってはいないが、さっきみたいな後悔は二度としたくない。


 また失敗するかもしれないけど――。


 今度こそ、自分の思うがまま自由気ままに生きてみよう!




※※※




「んぅ……」

 

 それから一時間ほどするとユウが目を覚ました。


「よし! ようやく目が覚めたようだな!」

「あっ、すみません」

「洗濯物は乾かしておいたぞ!」

「あ、ありがとうございます」


 ユウがぺこりと俺にお辞儀をした。

 食事のときもそうだったが、どこか立ち振る舞いに育ちの良さを感じる。


「……それで、その格好は?」

「俺も東京に行く」

「へ?」

「俺も一緒に東京に行く!」


 ワンポイントの白いロゴが入った黒いTシャツ。

 動きやすい少しゆったりめのジーンズ。


 大き目のリュックには旅行道具や使えそうな備品いっぱい詰め込んでいた。


 フルアーマー社畜の完成だ!


「えっ、嫌なんですが」

「なんでや!」

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