♯7 最初のセーブ&ロード

 だからなんやねんこの選択肢!


 ユウの体が完全に静止している。

 例のごとく、この選択肢が浮かび上がっている間は時間が止まっているようだ。

 

 ユウの顔は驚きの中に嬉しさを隠し切れない顔をしていた。


「……」


 それにしてもなんなんだろうこの選択肢。

 神隠しの影響なのだろうか。


 それに何故、俺が見ず知らずの女の子のためにそこまでしないといけないのだろうか。


 東京に行くってここは東北だぞ……。


 どうやって? 移動手段は? 

 きっと、この状況だと交通機関は死んでいるはずだ。


 うちの会社の鉄の掟その5。

 リスクとリターンをよく考えろ。


 女の子を連れて歩くなんて俺にはリスクしかない行為だ。

 リターンなんてあるわけがない。


 最初の選択肢さえなければ、家に女の子を連れてくることさえ避けたい事案だったはずだ。


 だから、普通に考えれば答えは決まっている。


 「いいえ」一択だ。


「……」


 普通に考えればそうだよ……。

 分別のある大人ならみんな「いいえ」と答えると思う。


 でも、なんでこんなに――。


 選択肢のウィンドウの右下の時計の針が赤く点滅している。


 多分、もう少しで時間切れを意味しているのだろう。


「っ……!」


 俺は「いいえ」のボタンを押してしまった。


 普通ならそうする。誰だってそうする。


 ――でも、なんでこんなにもやもやするんだろう。


「私! 東京に行ってみようと思います!」


 選択肢を選び終わると時間が動き始めた。


「う、うん」

「短い間でしたが、親切にしてくださりありがとうございました! この誓約書はお返しします」


 ユウが丁寧な手つきで、俺にさっきの誓約書を返却してきた。


「洗濯が終わったら、早速行こうと思います」

「そっか……」


 ユウが洗面所前の廊下にぺたりと座り込んだ。

 まるで今か今かと洗濯機が回り終わるのを待っているようだった。


「……君の出身は東京なの?」

「はい! おばあちゃんの家がこっちにあるのでお父さんとお母さんとたまたまこっちに来てたんです」

「そうなんだ」

「おばあちゃんが病気になってしまったので、お見舞いをかねてですけどね!」


 もしかして最初に病院にいたのっておばあちゃんがいると思ったから……?

 そこなら家族が集まると思って?


「み、みんなに早く会えるといいね」


 俺はそんなありきたりなことを言ってしまっていた。




※※※




 ユウは制服が洗濯が終わると、すぐに俺のアパートから出ていった。


 家の乾燥機は、ほとんど使わずに半乾きの服を着て出ていった。


 そして、俺は家に一人になった。


「よーし! 一人の時間を楽しむぞー!」


 これからは社畜で、できなかったことを全部やってやるんだ!


 やりたいゲームに、見たいアニメ!


 ネットに入り浸って、自由気ままに生きてやる!


「……」


 ……あいつ大丈夫かな。


 さっきまで一緒にいた迷子の少女のことが思い浮かんでしまった。


 東京出身ということは、この辺りの土地勘は大丈夫なのだろうか。


 そもそもどうやって東京に行こうとしているのだろうか。


「ええーい! 俺には関係ない!」


 ゲーム機の電源をONにする。

 まだ、ネットに繋がるなら一人でいたって寂しくない。


 それに、こんな事態はすぐに終わるはずだ。

 政府もすぐになんとかしてくれるはずだ!


 きっとうちの家族もふらっと帰ってくるに違いない。

 そのうちまたオフクロからしょうもないメールがやってくるだろう。


 食料だって、またコンビニで買ってくればいいだけの話だ。

 幸いにも今まではお金を使う時間もなかったので、貯蓄はそれなりにある。


「……」


 ……でも、なんだろう。


 このもやもや、この虚しさは。


 最初の選択肢で「はい」を選んだくせに、中途半端にあの女の子を見捨てただからだろうか。


 俺って本当になんでも中途半端だよなぁ……。


 ――俺は、高校卒業後すぐに東京の広告代理店に就職した。


 就職した理由は家族に負担をかけたくなかったから。


 友達はみんな大学に行っていたが、うちには残念ながらお金がなかった。

 

 世田谷に住んでいるといってもポロポロの家だ。

 湖の底に沈むほどではないが、地震がくればすぐ崩れそうな家だった。


 就職してからほどなくして、俺は地方に転勤されることになる。


 東京から東北へ。


 それからはただ働くことに必死になっていた。


 ……いや、ただ流されていたかも。


 ブラック企業だと思っているくせに、転職する勇気はない。

 自分で選んだ会社のくせに、何かを変えようとする気概もない。


 自分がないまま倒れるまで働いて……そのくせ上司と喧嘩をして……。


「……よし!」


 やっぱり、あの女の子が帰るのを手伝ってやろう。


 そうだよ! よく考えたら俺だって東京に帰るべきだったよ!


 実家がどうなっているのかも知りたいし、俺の携帯は向こうにあるはずだ。


 迷子の送り迎えをしていると思えば、きっと案件にもならないだろう。


「まだ近くにいるよな?」


 俺は急いでユウを追うことにした。


 やっぱり自分で決めたことは最後までやり遂げるべきだよな!


 あの選択肢の意味は正直よく分からないが、俺は最初にあの子を助けるって選んだんだから!




※※※




「えっ……?」


 家から出て、近くにある大きな道路に出ると、すぐにユウは見つかった。


 なんだこれ。


 なんだこれ。


 なんだこれ。




 ――ユウが血塗れで道路に倒れている。




 動く素振りは全くなく、ただ真っ黒の髪と半袖のセーラー服が風に揺られている。


 すぐ近くには電柱にツッコんだ黄色の軽自動車が煙を上げている。

 朝、通ったときにはなかった光景だ。


「お、おい!」


 すぐに駆け寄ったが、ユウは呼吸をしていなかった。

 手と足が変な方向に曲がっている。


「交通……事故……?」


 すぐそうだと思った。

 でも……なんで……?

 

「きゅ、救急車を――」


 予想もしていなかった展開に頭が真っ白になりそうだ。

 夏なのに全身に冷たい汗が走る。


「そ、そうだ! この子の携帯を使って……」

 

 ――ふと、倒れているユウと目が合ってしまった。

 顔は無表情で目を見開いたままだった。


 携帯の画面を見たときの、嬉しそうなユウの表情が俺の脳裏にフラッシュバックする。


「ぅぁああ……」


 なんだよこれ……どうなってるんだよ……。

 なんでこんなことになってるんだよ……。


 これじゃどう見ても死――。


「あぁあああああああああああああああああ!」


 なんだよこれ! わけ分かんねーよ!

 なんでこの子が倒れてるんだよ!

 なんで急にこんなことになってるんだよ!


「神様! お願いだから時間を戻してくれよ! もう上司と喧嘩する前とか、パチンコで金を使う前とか、そんなしょうもないところでは戻してくれって思わないからぁあああ! どうか、さっきの選択肢まで時間を戻してくれよぉおおおお!」


 嗚咽するかと思うほどの強い後悔の念とともに、俺は誰もいない世界でそう叫んでいた。


 ――そのまま目の前が暗転していった。











※※※




◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄❖


 迷子の女の子を東京に送り届けますか?


 はい


 いいえ


❖____________________◢



「――え?」


 気がついたら、目の前にさっきのメッセージウィンドウが広がっていた。


 見慣れた俺の部屋には、見慣れない女の子がいる。


 その女の子は嬉しそうな表情で携帯の画面を見ていた。


「あ゛ぁああああああああああああ!」


 俺は「はい」のところを連打していた!

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