♯11 チャリできた
「と、その前に!」
「どうしたんですか?」
リュックの中から地図を取り出す。
ここから東京までおよそ300kmくらい。
確か、普通の人が一時間歩けば大体4km~5kmくらいだったような……。
と、なるとトータルで歩く時間は60時間~75時間くらいかな?
毎日10時間くらい歩いていれば、一週間くらいで着く計算になる。
「普通に国道を進めばいいわけだけど……」
だが、徒歩で行くとなると寝泊まりの心配をしないといけない。
大通りを進んでいれば、ビジネスホテルくらいはあるよな……。
最悪、駅前に行けばホテルくらいはあるだろうし、食べ物はコンビニがあるから問題ないだろうけど……。
一応、ちょっとした食料と飲み物はリュックサックに入れてきたし、ついで家に備蓄していた災害用キットも入れてきた。。
俺一人だけなら全然問題はないのだが。
「看板に向かって進めばいいだけですよね」
俺が気にかけている迷子少女は割と楽観的に考えているようだ。
「そりゃそうだけどさ……」
「置いて行きますよ」
「待ってって!」
ユウが意気揚々と歩き始めた。
※※※
「あ゛ぢぃいいい」
駅前から歩くこと三十分。
俺の額は汗びっしょりになっていた。
気温は30度を回っているかな……。
まだ七月の上旬なのにかなり暑い。
「東京はこっちでいいんですか?」
「うん、この道をひたすら真っ直ぐ」
「ありがとうございます」
ただひたすら国道を二人で歩く。
歩道の道路側は俺、奥側をユウに歩いてもらっている。
――国道4号線。
うちの市は、郊外に出かけるためにはほとんどの人がこの道路を使う。
特別混むような印象はない道路だが、あちこちに道路に車が停車している。
社有車は使えなかったわけだが、これだと中々大変だったかもしれない。
国道の運転はかなりしづらいと思う。
(……それにしても)
ユウを轢いたと思われるあの黄色い軽自動車は何だったんだろう?
あのときは、ユウのことに夢中になっていて車内の様子を確認することはしなかったけど……。
現に支社長はいたわけだし、近くに俺たち以外の人間がいる可能性もあるってことだよな。
「あっ、電気屋さんありました」
「おっ」
そんな考え事をしていたら、ユウが有名電気屋さんを見つけた。
「バッテリー買ってこうか」
「いいんですか?」
「だから出世払いでお願いします」
「分かりました、じゃあ誓約書に書いておきます」
--------------------------------------------
誓約書
私、
~以下、誓約内容~
1.決して危害は加えません
2.変態はしません
3.人の下着は勝手にたたみません
4.お金は必ず返します
約束を破った場合は死をもって償います。
--------------------------------------------
四つ目の項目でようやく誓約書っぽい内容のものが追加された。
「これ、君も死をもって償うことになるんだけど……」
「必ず返します」
「いやそこまでしなくても……」
「必ず返しますので」
ユウが怖い顔つきになっている。
こ、これ以上言わないほうがいいだろう。
「そ、そっか、できるだけBIGになってから返してね」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味」
将来かぁ……。
一体、これからどうなるんだろうな。
自由になった反面、急にそこが怖くなってしまった。
※※※
「やっほぉおおお! 快適だぜ! 振り落とされんなよ!」
「はぁ……」
電気屋さんでモバイルバッテリーを調達した!
と、同時に俺はあるものを購入した!
ちなみに、ちゃんとレジにはお金を置いてきたからね!
防犯カメラにはちゃんとお辞儀したし。
「そうだよ! 車がダメならチャリがあるじゃんか!」
「私、二人乗り怖いんですが……」
「手持ちがなかったから諦めてくれ」
今、俺たちは国道沿いの歩道を華麗に自転車でかっ飛ばしていた。
そう! 俺たちはママチャリを購入したのだ!
リュックは前のカゴにのせて、ユウは後ろの二台に乗せて二人乗りをしている。
お財布の中身はスッカラカンになったが、この移動手段があることを完全に忘れていた!
田舎の社畜にはあまりに無縁すぎで、この発想がすっかり浮かばなかった。
さすが大手の電気屋さんぅ!
しっかり購買意欲をそそるものを置いてくださっている!
「怖い怖い怖い怖い!」
「なんだよ、臆病だなぁ」
「二人乗りに慣れてないんです!」
ユウが俺の腰にしっかり腕を回している。
まだそんなにスピードを出していないのに、さっきからずっとこの調子で怖がっている。
「スピードもっと落としてください! ガタンガタンしてお尻が痛いです!」
「お尻痛いの?」
「セクハラはやめてください!」
「えぇえ……」
すごい理不尽があった気がする。
思春期の女の子にお尻は禁止ワードだったらしい……。
「でも、これならすぐに東京に着くかもね!」
「だといいんですが……」
~数十分後~
「ぜぇ……ぜぇ……」
隣町を通り過ぎて、田んぼばかりの風景が見えてきた。
風景がへんぴになるつれ、道も坂が多くなってきた。
「ぜぇぜぇ……」
と、飛ばし過ぎた……。
スタミナが切れた……。そうだよ、社畜は体力がないんだよ……。
「だからスピード落としてって言ったんです」
「それとこれとは関係ないような……」
時間は夕方に差し掛かろうとしていた。
そろそろ今日の寝る場所を探さないとな……。
「あ゛」
しまった。
このチャリのせいでお財布がすっからかんだ。
泊まるにもどこかのATMに寄らなければ。
「ちょっと近くのATMに寄ってもいい?」
「かまいませんが……」
「何? その何か言いたそうな顔」
「いえ、夏木さんはお金のことはしっかりしてらっしゃるんですね」
「どういうこと?」
「こういう状況なら別にとか思わなくもないような……」
「それ君が言う?」
ユウが急にそこを気にし始めた。
「確かにそうかもだけど気分が悪いでしょう」
「気分悪い?」
「道理に背く真似をしたら、自分の気持ちが悪いというか」
「ふーん」
ユウが興味深そうに頷いた。
「つまり社畜さんってやつなんですね」
「どこがやッ!」
「うちのお父さんが社畜は悪いことできないって言ってました。会社や社会に迷惑をかけられない人が多いって」
「oh……」
どうやらユウのお父さんは俺と同類だったらしい。
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