♯2 俺も迷子なんだが?

 えっ? なにこの選択肢?


「……」


 あー! なるほどなるほど!


 こりゃ夢だ!


 やりたいゲームがいっぱい溜まってたもんなぁ。


 選択肢の右下には小さい時計のシンボルがついている。

 一本だけある針がゆっくりと右回りで動いていた。


 ふむふむ。

 差し詰めこれは時限式の選択肢といったところだ。


「いや普通なら助けるでしょう?」


 ゲームなら助けないを選んだ時点でイベントが終了するやつだ。


 ここでいいえを押す奴は鬼畜か悪魔、もしくは愉快犯だ!


 俺は迷わず、「はい」の部分をスマホの画面をタップするかのように押してみた。


「それに怖いんで大きな声を出さないで下さい……」

「えっ? う、うん……」


 メッセージウィンドウが消えると、再び女の子の声が聞こえてきた。


 どうやら選択肢を選んでいる間は、実際の時間は止まっているようだ。


 声のほうに目を向けると、エレベーター横の階段のところで女の子の姿を見つけた。


 体育座りでうずくまっている。


 小学生? あっ、でも制服を着ているから中学生か?

 座っているのではっきりは分からないが、とても幼く見える。

 ボブカットっぽいヘアースタイルで、色は漆黒といっていいほど真っ黒だ。


「……」

「……」

「……」

「……」


 会 話 終 了 。


 なんだよ、夢の癖にめんどくさいな。

 自分から話しかけないといけないやつじゃん。


「世界が滅びたってどういうこと?」

「……」

「君はなんでここにいるの?」

「……」

「今、一人なの?」

「……」


 返事がない。

 ただの――。


 じゃなーい! 本当に不便なゲームだな!

 つい国民的RPGの定番台詞が思い浮かんだじゃねーか!


 このリアル思春期と話しているみたいな空気感はなんやねん。

 どうせ夢なら、最初から好感度マックスのヒロインを用意してくれってんだ。


「他の人は知らない? さっきから全然、人を見かけないんだけど」

「……みんないなくなったよ。そんなことも知らないの」


 おっ、ようやく反応をしてくれた。

 少しとげとげしい言い方をされた気をするが、夢だから許してやろう。


「ところでお兄さん、何か食べ物を持ってない?」


 女の子が顔を上げて俺に質問をしてきた。


 びっくりするほど長いまつ毛の下には、紫がかった大きな目がついている。


 小学校高学年から中学一年生くらいの女の子かな?

 まだ子供の幼さが抜け切っていない顔をしている。


「持っているように見える?」

「見えない」

「正解」


 女の子はがっかりした様子でまた顔を伏せてしまった。


 い、今の表情は見たことがあるぞ!


 一ヶ月連続出勤中の俺の顔にそっくりだ!


 つまり、とても疲れているようだ! 

 精神的にも肉体的にも!



ぐぅううううう



「……」

「……」


 お腹が鳴った。

 この音は俺からではない。

 女の子のお腹から聞こえてきた。


「もしかしてお腹が空いて動けない?」

「……」

「俺、君の分まで食べ物を探してこようか?」

「えっ?」


 どうせ夢だし、選択肢通りに良いことでもしてやろうかな。

 同じ社畜みたいな顔同士、少しは優しくしてやろう。



ぐぅううううう



 うっ、今度は俺のお腹が鳴った。

 余裕ぶってはみたけど、俺も結構ぎりぎりだ。


「よし! 俺も腹が減ったし、ちょっと行ってくる! ここで待ってて!」

「……」


 俺がそう言うと、その子は顔を上げて不思議そうに俺の顔を見つめてきた。

 紫の瞳が何かを訴えかけてくる。


 それにしてもリアルな夢だなぁ、腹まで減るなんて。


 それに世界が滅びた? みんないなくなった?


 ハハッ、本当にゲームみたいだ。

 寝て起きたら異世界転移みたいな?


「……」


 ……まさか俺、死んでないよな?




※※※




 食料はびっくりするほど簡単に見つかった。


 というのも病室の棚の中には、お菓子やら飲み物が沢山入っていたからだ。


 どう考えても、入院のお見舞いのやつだ。


 それをいくつか抱えて、すぐに女の子のところに戻ってきた。


「はい、どうぞ」

「泥棒」

「えっ?」

「泥棒は良くないと思うんですが」

「って言っても誰もいないしなぁ」


 夢の癖に論理感もクソもある?


 腹が減ったら食う!

 眠くなったら寝る!


 夢の中くらい好き勝手にやってやる!


「まぁ、緊急事態だし?」

「……」

「食べないなら食べちゃうよ?」

「……」


 反応はないが、ポテチの袋をその子にも食べやすいように広げてあげる。 

 俺はベットボトルのお茶を飲みながらうすしお味のポテチをつまむことにした。


 綺麗な病院の床の上で、まるでピクニックみたいなことをしている。


「どうせならコンソメが良かったなぁ……」

「……」

「君はポテチの味は何が好き?」

「……」


 食いづれぇ!

 やたら静かだから俺の咀嚼音しか聞こえてこない!


「ほら、じゃあこうしよう。俺が拾ってきたのを君が食べるだけ。だから君は何も悪くない」

「……」

「食べないと元気でないぞ~」


 ポテチの袋をその子の前に差し出す。

 そうするとようやくその子はポテチに手を付けてくれた。


 さすが俺。

 ブラック企業で鍛えた口八丁がこんなところで役に立った。


「……ぽり……ぽり」


 女の子が音を立てないようにポテチを食べている。

 どことなく育ちの良さを感じるような気がする。


 それにしてもなんだこの夢?


 病院の廊下で、女の子とポテチを食べる夢?


 誰かこの夢を分析してくれよ。


「私、あの日から初めて人に会いました」

「あの日?」

「三日前にみんな神隠しにあったのは知らないんですか?」

「なにそれ?」

「急にみんないなくなっちゃったとしか……」


 ふーん?

 少なくてもここは異世界ではないらしい。

 そりゃそうだよな。ここは俺の知っている病院だし。


「ちなみに今は何日?」

「七月十日です」

「七月十日ぁああ!?」


 どえぇえええ!?

 俺が倒れてから三日も経ってるじゃねーか!


 や、やばい! 本当に会社はどうなってるんだ!?

 い、いや、これは夢だからそんなことを気にしても――。


「こ、これを食べたら少し休もうか」

「……」

「綺麗なベッドは沢山あるから――」


 もう寝よう、そうしよう。

 寝たらこんな夢は覚めるはずだ。


 夢の中でまた寝るなんてちょっとおかしいけどさ……。


 そう言って、俺はその女の子を連れて再び病室に戻ることにした。




※※※




 病室に戻り、一度横になったがすぐに目が覚めてしまった。


「すぅ……すぅ……」


 向かいのベッドからは、さっきの女の子の寝息が聞こえてくる。

 やっぱり相当疲れていたみたいでぐっすり眠っているようだ。


「いててててっ!」


 ベタだが思いっきり頬をつねってみた。

 普通に痛い!


 この頬の痛み!

 この腹の底からくる焦燥感!


 お腹は空くし、喉も乾く!

 お風呂に入りたいし、トイレにも行きたい!


 そして全然眠れない!


「も、もしかして夢じゃないぃいいい!?」


 病室の窓から外を見てみる。

 俺のよく知っている街は夕暮れに染まっていた。


「お、俺が倒れてから一体何が起こったんだ!?」


 ……確かに社畜の俺は、自由に憧れて少しだけ妄想したことがある。


 それは、クラスの異世界転移に自分が置いていかれたという物語を見たときだっただろうか。


 ――じゃあ国民の大半が異世界転移したら現代はどうなるんだろうなって。


 誰もいない現代をゆっくりと過ごしてみたいなとは思ったことはある。


「確かに会社に隕石落ちないかなぁとは思ったけどさ……」


 とりあえず自分の目で外の状況を確認しないと……!

 家族は!? 会社はどうなった!?


 迷子の女の子なんて拾っている場合じゃねーよ!

 俺も迷子なんだが!?

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