社畜の俺、迷子を助けたらノベルゲームみたいな選択肢が見えるようになる ~誰もいなくなった世界で、何故か俺だけがセーブ&ロードできるので最良を目指します~

丸焦ししゃも

♯1 【最初の選択】

「やっちまったぁああ……」


 午後の三時前。

 俺は自宅近くの狭い道を歩いていた。


 売り言葉に買い言葉。

 完全にやらかしてしまった。


「いや、だって帰れって言われたら帰るしかないじゃん!」


 俺の名前は、夏木なつき佳介けいすけ、二十二歳、独身、彼女なしの“社畜”だ。


 発端は、ある仕事のミス探し。

 俺は関わっていない業務のはずなのに、上司に俺がミスしたことにされた。

 もちろん俺は反論したわけだが――。


「くそぅ……! まさかあんなにキレられるとは……」


 うちの会社はブラック企業だ! 


 パワハラ上司にはいつも小言を言われ、いつも取引先からは勉強しろと怒られる。


 泊まり込みの仕事は当たり前だし、最後に取れた休みなんて思い出せないくらいずっと前だ。


 おつぼねと呼ばれている事務員さんの機嫌は常にうかがわないといけないし、支社長のつまらない駄洒落には愛想笑いをしなければならない。


 ディスイズブラックである!


 今日の出来事もそうだが、本当に理不尽しかない世界に生きていると思う。


「でも、だからと言って喧嘩していいわけじゃないんだよなぁああ……」


 それが社会人戦士のつらいところなのだ……。

 どんなに理不尽でも、立場の弱いものは上の者に平伏するしかない。

 

「くぅうう……!」


 謂れのないことを言われて、頭に血が昇ってしまった。


 可能であれば“帰れ”と言われる前に時間を戻して欲しい!

 可能であれば俺が上司に言い返す前に時間を戻して欲しい!


「はぁ……」


 だが現実は非常である。

 時間が戻るなんてあり得ないのだ。

 

 いや、誰だってあの瞬間に時間を戻して欲しいって考えたことくらいはあるでしょう……?


 言ってはいけないことを言ってしまったときとか、ギャンブルで金をスる前とかさ……。


「もう少し経ったら会社に電話しよう……」


 めちゃくちゃ憂鬱だ。


 会社に隕石落ちねぇかなぁ。

 俺は悪くないのになんで謝らなといけないんだろう。


 なんだか頭がくらくらしてきたし、お腹も痛くなってきたぞ。


「……あ、あれ?」

 

 そんなことを考えながら歩いていたら、本当に目まいがやってきてしまった。

 お腹にも激痛が走る。


「痛ててて……! 急になんだろう……」


 体中から血が抜かれたみたいに力が抜けていく。


 ストレスかな……。

 そういえば最近全然寝ていなかったような……。


「ま、まずい」


 足に力が入らなくなり、アスファルトの地面に倒れ込んでしまった。


 やばい。


 やばい。


 やばい。


 焦る気持ちとは裏腹に体がどんどん動かなくなっていく。


「か、会社には連絡しないと……」


 ポケットから携帯を取り出そうとしたが、俺はそのまま意識を失ってしまった。






※※※






 ――鳥のさえずりが聞こえる。


「うぅん……」


 窓から差し込む日の光で目が覚めた。


「ふわ~、よく寝た~」


 こんなに爽やかな目覚めは本当に久しぶりだ。


 体が軽い!


 頭スッキリのお目目ぱっちりだ!

 

「……ん? ここはどこだ?」


 体を起こして、周囲を見渡す。

 

 白い天井。


 白いカーテン。


 白い床の上には白いベッドが沢山並んでいる。


 どこからどう見ても病院の風景だ。

 他の患者の姿は見えないが、どうやら今俺は病室にいるらしい。


「や、やっちまったぁ……」


 どうやら俺は倒れて病院に運ばれたらしい。

 会社への連絡はどうなってるんだろう。

 こりゃ確実に後から上司にねちねち文句を言われるやつだ。


「はぁ。ま、いっか!」


 どうせ倒れてしまったのなら諦めよう。

 細かいことは後で考えよう。

 

「ふんふーん♪」


 俺はベッドで再び横になることにした。


 大体、倒れてまで会社の心配をするってなんなんだよ!

 そう考えるとちょっとイライラしてきたぞ!


 こうなったら久々の二度寝を全力で楽しんでやんよ!

 



※※※




 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 おかしい。


 病院ってこんなに静かだっけ。


 二度寝を楽しんでから、ゆうに二時間は過ぎている気がするが人の気配を一切感じない。


 看護婦さんの見回りくらいはあってもいいと思うんだけど……。


 大体今日は何日だ?

 俺が倒れてからどのくらい時間が経ったのかも分からない。


「喉乾いた……」


 寝ていられなくなり、ベッドから起き上がった。


 床には茶色のスリッパが無造作に転がっている。


 ずさんな病院だなぁと思いつつも、そのスリッパを使わせてもらうことにする。


 俺が身にまとっていた薄青色の患者着は、寝汗で少ししっとりしている。


 お風呂にも入りたい気分になってきた。


「すみませーん!」


 大きな声を出してみた。


 ……。


 ……。


 しーん。


 びっくりするほど反応がない。


 あ、あまりの反応の無さに心配になってきたぞ。

 本当に大丈夫か、この病院!?


 ちょっと病室から出てみよう。


「ナースステーションなら誰かいるよな?」


 病室の開き戸に手をかけると、思ったよりも勢いよく扉が開いてしまった。

 ガタンと大きな音が病室に響き渡る!


「ごめんなさいっ!」


 ……。


 ……。


 つい謝ってしまったが誰の反応もない。

 本当に物音一つ聞こえてこない……。


「だ、誰かいませんかー?」


 病室から出て真っ白な病院の廊下をゆっくりと歩く。


 廊下にもひとっこひとり見つけることができない。


 パタパタと俺のスリッパの足音がだけが響き渡っている。


 ぶ、不気味だ……。

 静かな病院ってなんでこんなに怖いんだろう。

 

「ん?」


 少し歩くと休憩用のラウンジが見えた。

 机と椅子が沢山並んでいるがここにも誰もいないようだ。


 ラウンジの端っこには病院のお知らせの紙が貼ってあるホワイトボードがある。

 お知らせの上部には病院名が書いてあった。


“公立S病院”


 良かったー! 俺の知っている場所だ。


 会社からも、うちからも近いところにある病院だ。


「ここって混んでいるイメージがあったんだけどなぁ」


 俺の住んでいる場所は東北のある地方都市だ。


 市内の大きな病院はここしかなく、いつもお年寄りを中心にごった返している印象があった。

 

「すみませーん!」


 ラウンジから更に少し歩くと、ようやくナースステーションを発見した。

 

「誰かいないんですかー?」


 自分の存在を知らしめるように、つい大きな声が出てしまった。

 ゆっくりと歩いていた歩幅がどんどん大きくなっていく。


「誰か! 誰かいないんですか!?」


 ナースステーションは真っ暗になっている。


 どこからどう見ても人はいない……。


 え? 休み?

 そんなことあるの!?


「だ、誰か!」

 

 自分の知っている場所の、よく分からない事態に軽いパニック状態になっていく。


 俺は、近くの病室を手当たり次第に開けていくことにした!


 いない!


 いない!


 ここにもいない! 誰もいない!


 神隠しにでもあったのかと思うくらい誰もいない!


「そうだ! 一階に行けば誰かは!」


 そうだよ! 下にはお会計をする場所があるはずだ!

 そこなら誰かはいるはずだ!

 

 さっきまで早歩きだった足は、ほぼ走るような形になっていた。

 くそっ! スリッパでめちゃくちゃ走りづらい!


「うるさいんですが……」

「へ?」

「世界はもう滅んでいるんですけど……」


 エレベーターを探して走り回っていたら、ふと女の子の声が聞こえてきた。



 ――その瞬間、俺の目の前にはぶわっとゲームのメッセージウインドウのようなものが開いた。




◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄❖


 迷子の女の子を見つけました。

 助けますか?


 はい


 いいえ


❖__________________◢



 まるでノベルゲームみたいな選択肢が目の前に現れた。

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