♯3 おうちに帰ろう
「知ってた」
病室の時計は朝の五時を指していた。
長きにわたる社畜生活のせいでかなり早めに目が覚めてしまった。
あわよくば起きたら……と思っていたが、やっぱりそんなことはなかった。
こうなるとやっぱり今の状況を受け入れるしかない。
うちの会社の鉄の掟その1!
問題が起きたらすぐに最適なソリューションを考えろ。
ちなみにソリューションとは解決方法を意味するらしい。
なんで英語になったのかはよく分からない。
多分、
「俺の荷物はどこだ!?」
昨日は、中々寝つけなかったので、今日の計画を頭の中でざっくり立てていた。
とりあえず自分の家に帰る! 会社の確認! 以上!
そしてある重要アイテムの所在の確認をしなければならない。
「あれは……! あれはどこにいった!?」
ベッドの隣の棚を開けると、俺が倒れたときのスーツと荷物が入っていた。
そこから家の鍵と、その重要アイテムを必死に探す。
「良かった財布と鍵はある! あとは……」
財布と家の鍵はスーツのポケットに入っていた。
後は! 後はあれがあれば……!
「ぐわぁあああ! やっぱりなぁあああい!」
現代人の超重要アイテム、それは携帯電話!
これがあれば他の人との連絡も今の状況も調べることもできたのに……!
「なんでや! いつもポケットに入れていたのに!」
スーツのポケットも、鞄の中身も確認したが全然見当たらない!
も、もしかして倒れたときに落としたのか……?
「おはようございます……」
一人でバタバタと携帯を探していたら、向かいのベッドの女の子が目を覚ました。目をこすっていって、まだとても眠そうだ。
「起こした!?」
「いえ……」
悪いが女の子を気遣っている余裕はない!
携帯、携帯を探さなければ!
「何をしてるんですか?」
「携帯を探しているの! なくしちゃったみたいで!」
「携帯……?」
紫の瞳がまじまじと俺のことを見つめてきた。
「良かったら使いますか?」
「へ?」
その女の子が、ピンク色の可愛らしい携帯を俺に差し出してきた。
「いいの?」
「連絡したいところがあるんですよね? どうぞ使ってください」
何か言いたそうな顔しているが、俺はその子の携帯を素直に受け取った。
画面を見ると充電は残り三十パーセントを切っていた。
「じゃあ二ヶ所だけ電話させて……」
「はい」
固定電話を暗記している場所は二ヶ所がある。
一つは東京にある俺の実家、もう一つはうちの会社だ。
とりあえず最初はうちだ!
オフクロなら家にいるはずだからすぐに出るはずだ!
『お客様のおかけになった番号は――』
あれ? 繋がらない。
いつものアナウンスが流れてしまった。
番号を間違えた?
いや実家の番号を間違えるわけが……。
『お客様のおかけになった番号は――』
もう一度かけてみるがやっぱり繋がらない。
そういえば前にオフクロからしょうもないメールが来ていたような……?
●●●
>
>飼ってどうする
>これからたくわんメール送っちゃうからね。
> ×たくわんメール 〇たくさんメール
>家の湖底電話は解約したから。
>うちは湖に沈んだのか……世田谷にあるはずなんだけど
>これから用事があるときはお母さんに直接かけてね。沢山かけてね。ドバドバかけてね。
>醤油みたいに言うな、まず人の話を聞け
●●●
そう言えば誤字だらけのメールでそんなやり取りをしたような気がする。
オフクロの携帯番号なんていちいち覚えてねぇよ!
それは親父も姉も同様だ!
「あともう一つは……」
浅く深呼吸をする。
どうして会社に電話をするときって緊張するかな。
あんなに行きたくなかった会社なのに、今は誰かの声が聞きたい気がする。
プルルルル
おっ、どうやら電話自体はかかるようだ。
プルルルル
かかってきた電話は3コール以内でに必ず出る。
これがうちの会社の鉄の掟その2だ。
プルルルル
3コール目。
うちの会社は24時間必ず誰かがいるはずなのだが……。
プルルルル
4コール目が鳴ってしまった……。
電話自体は機能しているが、誰も出る人はいないらしい。
こんなこと、普段なら絶対にあり得ない。
「はぁ、ありがと……」
女の子に携帯を返した。
充電が三パーセントくらい無くなってしまっていた。
「多分、誰にも繋がらないと思いました」
「と、言いますと?」
「私も家族にも親戚にも繋がらなかったので」
そう言って、女の子が肩を落とす。
そっか、自分の携帯を持っているのだから既に色々試したわけだ。
「警察には行った?」
「近くの交番には行ってみましたが誰も」
「役所は?」
「役所には行ってませんが近くのお店になら」
言葉の端々が重い。
どうやらこの恩の子は様々な場所を放浪したらしい。
「……よし! 一度家に帰ろう!」
「きゃっ!」
患者着を勢いよく脱いだ!
女の子の小さな悲鳴が聞こえてきたが気にしない。
クローゼットに入っているYシャツとスラックスに着替えることにしよう。
ネクタイは……いらないか!
よく見たらちゃんと革靴もあるじゃん。
「とりあえず外に出て、自分の目で確認しないとな。君はこれからどうするの?」
「え? あの……えっと……」
俺の問いに、女の子がどうしていいのか分からない顔をしている。
本当は女の子を連れ歩くなんて御免こうむりたいところだけど……。
「ごめん、一人は怖いよね。とりあえず一緒に行動しようか」
外の様子も気になるが、この前出たあの選択肢も気になる。
なんでだろう。
あの選択肢に背く行動はしてはいけない気がする。
この子を見捨てたら、とてつもないペナルティが待っているような気がする。
「君が俺に携帯を貸してくれたように、俺も君のこと助けたいんだ。それじゃダメ?」
社畜必殺 こじつけ営業トーク!
誰かに案件発生とか言われそうだけど、今は選択肢に従おう。
「ダメではないですが……」
女の子がおずおずと俺に返事をした。
「よし、じゃあとりあえず行こうか。俺の名前は
「ユウです」
「オッケー、ユウちゃんね」
「ちゃん付けはやめてください」
「なんで!?」
俺がフルネームで名乗っているのに、ユウと名乗った少女は名前しか教えてくれなかった。
多分、警戒しているのだろう。
いいさ、それくらいの距離感のほうがやりやすい!
「よし、じゃあ早速病院から出てみよう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます