泥棒猫に幼馴染を取られた負け犬のはなし

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泥棒猫に幼馴染を取られた負け犬のはなし

私と彼は幼馴染である。それはもうコテコテの、小さい頃結婚の約束をしたようなタイプの幼馴染である。


幼稚園児の頃から今高校生になるまでずっと一緒にいるが、家族のように感じて恋愛感情を抱けなかったりはしない。むしろ、どんどん好きになっていく。


それは向こうも同じだと思う。思う、というのも私たちは"まだ"、付き合っていない。これは勝手な私側のプライドだが、彼から告白して欲しいのだ。心の準備など何年も前から出来ている。待っているのだ。


まあ彼が私を好いているのは分かっている。というより、周知の事実だ。ジレジレな私たちを、周囲のみんなは席替えや校外学習の班など、事ある毎にくっくけてくれる。たが、彼はまだ告白をしてくれない。


友達にいつまでも意地張っていない方がいいよ、他の人を探した方がいいよなどと忠告を貰ったこともあるが、何も知らない人は黙っていて欲しい。


もどかしいが、こちらはもう何年も待っているので焦りはしないし、何より彼は私に依存している節がある。ずっと一緒にいることで、二人の間には大きな信頼があるのだ。


彼は私を、私は彼を。絶対に裏切らない。そういう確信があるから、私はずっと待っていられる。


しかし最近、彼に懐いている女の後輩が居る。私より彼女を選ぶことはないことはわかりきっているが、愉快では無い。ただ、2人きりになろうとするなど、露骨に狙っている様子はないので、しばらく放置でいる。


そんな彼だが、私が男子と話している時に嫉妬の視線を向けてくる。そんな時、彼の好意を感じられて安心する。


・・・安心?


そんなわけは無い。私は彼を信頼している。不安を感じないから安心することも無いはず・・・・・・。


私はおそらく、委員会の事務的な会話しかしていないのに嫉妬する彼に対して、微笑ましさと嬉しさを感じていたのだろう。・・・そうだ。違いない。






そんなある日の放課後の、2人で下校している時の事だ。彼がおもむろに口にした。


「・・・あのさ、」

「ん?」


その雰囲気は何度か体験したことがある。そういえば彼は今朝からソワソワしていた。これはもしかしてもしかするかもしれない。なぜ今ここでなのかと思わなくもないが、彼なりに考えたのかもしれない。私とのいつも通りの雰囲気が好きだとか。

だらしないほど緩みそうな口をキッと結び、彼に言葉を促す。


「あのさ、俺・・・彼女出来たんだ」

「・・・」


・・・ふぅ。私は取り乱さない。幼馴染を舐めないで欲しい。彼の目が僅かに泳いでいる。手に不自然に力が入っている。嘘をついていることなど丸わかりなのだ。だから脳は破壊されないが・・・。


それにしてもだ。悪手も悪手、大悪手である。大方告白前に私の心を確かめたかったのだろう。しかしまた覆盆になりかねない手を使うとは・・・。私でなかったら騙されていた。いや私以外にこんな"嘘は"つかせないが。それにしても私が嘘を見破ると信頼してのことだろうか。その信頼は嬉しいが、だとしたら、尚更彼の狙いが分からない。


ここで私が取れる行動は大きくわけて2つ。取り乱して泣いたり怒ったりするか、平然とするか。


まず前者だが、幼馴染として嘘を見破れるか試されていた場合に不正解の選択肢となる。そもそも私のプライドが許さない。


後者は、彼が私の好意を知るためにこんなことをしたのなら大不正解の択になるのだが・・・。そこまで考えたところで私はふと思った。


わざわざ好意を確かめる必要はあるのか、と。私は告白をしないだけで、言葉にしないだけで、彼に好意を伝えている。イベント毎にプレゼントを渡しているし、周囲の噂を否定するなど初歩的なミスもしていない。彼はヘタレだが、鈍感では無い。


つまりこの択をとっても問題ないはずだ。だから、


「・・・そう。お幸せに・・・とは言わないけど。それで?」


彼の嘘を見破った上で、彼の他人との交際について否定的な反応が出来た。これで完ぺ・・・待って。


私の好意を確かめる必要が無いなら。幼馴染としての戯れなら。なぜこの嘘を?


そしてなぜ・・・あなたはそんな顔をしているの?


嫌な汗が背中を伝った瞬間、私の家の前に着いてしまった。


「じゃ、じゃあね。バイバイ」

「あっ、待っ」


彼は走っていってしまった。そして重なる違和感。彼はいつも別れ際に「またね」という。しかし今日使ったのは・・・・・・嫌だ、頭を振る。まだ、まだ間に合う。隣の家に入った彼を追いかける、ドアは閉まってしまったので、インターホンを押す。するとドアが開いたのだが・・・


「・・・は?」

「あれー?どうしたんですか、幼馴染さん♪」


あの、彼に懐いていた小バエ、いや泥棒猫である。なぜここに。


「幼馴染さん、酷いじゃないですかぁ。先輩、あなたのことが好き"だった"のに♪」

「だったって、どういうこと!?」


分かっている、どういうことかは。


「彼、今部屋ですっごく落ち込んでるんです。あなたが、彼に興味がないと思い込んじゃって。」


やはりこいつか。こいつが彼を。いつから。凄まじい怒りが湧いてくる。それと同時に。

ああ、失敗した。不正解を選んでしまった。後悔と自責が押し寄せる。


「だから、慰めてあげるんです♪」

「っ、この」


閉めようとしたドアに足を挟み、こじ開けようとするが、内鍵をされているせいで開かない。


「っ!」


足を何度も踏まれる。追い出すように、踏みにじるように。


「だからぁ、今から先輩を慰めないといけないんですって。文字通り、私の全てで♡・・・・・・だから出ていけよ、負け犬め。飼い主が待っているぞ」


バン。ドアがしまったような、太い綱が切れたような、そんな音がした。


ああ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


「はは、は・・・」


乾いた笑いしか出てこない。悲しみより嫉妬、後悔より、絶望。視界が暗く、狭くなっていく。


この時やっと気づいた。彼に依存していたのは私だ。甘えていたのだ。私と彼を繋いでいた信頼は、簡単に言えばただの"情"だったのだ。そしてそれを、私が自分の手で。

・・・プライドや意地などもっと早く捨てていれば・・・。


そんな思いがぐるぐると頭に回る中、いつの間にか自分の家の、自分の部屋の前に来ていた。


私はこの先、何に頼ればいいんだろう。無意識に精神的な依存先を求めている自分に気づくが、嫌悪感は無く、むしろ自分の求めているものに気づけ、なにか腑に落ちるものがある。そして同時に、その必要なものを失ったことに気づき、視界がさらに暗くなる。


現実から逃げるようにドアを開け、部屋に入った瞬間、何か柔らかいものが私を包んだ。


「っっ!!」


突然の事で全身がビクッとなるが、そのあまりの心地良さに、それが何であるのかも確かめず、身を預けた。すると、ポンと、頭に手が置かれて、ゆっくりと撫で始めた。


「あ、ああぁ」


さっきまで出なかった涙が、急にとめどなく溢れてくる。


「大丈夫だよ」


その声には、覚えがあった。この手の主は、この柔らかくて温かいものは、かつて自分に彼のことについて忠告してくれた友達だった。彼女は頭を撫で続ける。


「よしよし、大丈夫だよ。君には、わたしがいるからね。ずっと、ずーっと、一緒にね」

「う、うわあああああああん」


私の今1番欲しい言葉をくれた。ああ、彼女だ。きっと彼女が私の求める、私に必要な支えなのだ。


それから私はしばらく泣き続けた。その間も彼女はずっと私を抱きしめてくれていた。


「忘れちゃおう。彼らのこと。大丈夫。わたしは君のこと捨てたりしないよ。だから安心して、全てを私に委ねて、ね?」

「うん」


私は頷く。今度こそ、今度こそ間違えない、失わない。ずっと、彼女と共にいるのだ。


ギュッと、私の顔が柔らかい胸に押し付けられる。

耳元で囁かれる。


「ね、大好きだよ」


彼女はきっと、すごく優しい顔をしている。

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