第3話 魅惑的な町娘の尻

 王子エイシーが食事処テーユーに毎日通うようになって、しばらく経った頃。


「王子!」

 今日もテーユーに行こうとしたエイシーは、ロータルに呼び止められた。

「なんじゃ、じい。余はこれから食事に行くところじゃ」

「また、あの町娘の店ですか!」

 町娘とは、当然ギンカのことである。

「そうじゃ? なにが悪い?」

「最近、勉学に身が入っていないようですが」

「ふむ。ギンカのことを考えると手に付かなくてのう」

「町娘の尻を追い続けているようでは、お世継ぎどころか王子の代でこの国が終わります。王子はまず、この国のお世継ぎであることを努々ゆめゆめ忘れないよう、お願い致します。私は仕事がありますので、これで」


 ロータルは頭を下げると、仕事へと戻っていった。


 お世継ぎの話をしてから、王子は町娘と出逢って追い続けている。

 王子が町娘を追い続けているのは自分の言葉のせいじゃないかと、ロータルは少し責任を感じていた。

 そのための注意だった。


 が、当のエイシー。

「むぅ……。じいがそう言うということは、ギンガの気を引く為のなにかのヒントかもしれん」


 ギンカしか見えていなかった。


「『尻を追い続けているようでは』……。ということは、もっと別の策をとれ! というアドバイスじゃな! さすがじい。いい助言じゃ」


 エイシー、人生で一番前向きになっている時期だった。


「まずは策を講じよう。ギンカの魅力と言えば……愛くるしい尻じゃな」

 そう言ってうなずいては、一人納得。

「それから……あの大きな尻じゃな」

 再びうなずく。

「あとは……余を一瞬で虜にした尻じゃな」

 今度は固まってしまう。


「――ひょっとして、余はギンカの尻しか知らないのでは?」


 今更な話である。

(そうではない!)

 そして、ギンカの姿を思い浮かべる。


 あの器量。

 あの笑顔。

 あの騒がしい店でもよく通る声。


 だが、顔面で感じたあの尻の前には無力だった。


「……つまり、ギンカの尻を生かせることをやればいいのか! ギンカの尻の素晴らしさを世に伝える、何かを!」

 やはりエイシーは前向きだった。

 方向性がとてつもなく間違っている気がするが。




 数日後。

「ギンカ! 久々に来たぞい!」

 数日ぶりに食事処テーユーにやってきたエイシー。

 その姿を見たギンカは、目を丸くしていた。

 もう来ないと思っていたからである。


「なによ! 毎日来てたのに、いきなり来なくなって……」

 ギンカは怒りと心配と嬉しさがごちゃまぜになった、そんな声だった。


「なんじゃ? 余が来なくて寂しかったのか?」

「そ、そんなワケないでしょ!」

 とは言いつつも、来てた時はうざかったのに、来ないと物足りない日々と感じていた。

 そして、そんないつもの強気なギンカの姿に、エイシーは一安心。


「そうそう。今度、ギンカの為にイベントを開こうと思ってな」

「イベントぉ?」

 ギンカは眉間にシワを寄せた。

 イヤな予感でもしたのかもしれない。


「そんなにイヤそうな顔をしなくてもよかろう。ギンカにとっては、いい話じゃぞ?」

「な、なに?」

 ギンカの中で、怖さよりも興味の方が勝ったようだ。

 それは喜ばしいこと。

 ギンカの為に私財を投じて準備を進めてきた甲斐がある。


「では発表じゃ。その名もズバリ『王国尻戦しりいくさ』じゃ!」

「は?」

 ギンカは文字通り開いた口が塞がらないといった様子。きっと、素晴らしい企画に驚いているのであろう。


「王国尻戦は、台の上で背中合わせに二人が立ってのう、尻と尻で戦うのじゃ。台から落ちたら負け。実にシンプルなルールじゃ。台は王国でも腕利きの木工職人に注文しておる。安心していいぞ。場所は王国中央広場を予定しておる。そこで盛大に尻戦を開催して、王国一の尻を決める!!」

 エイシーが高らかに宣言すると、店内は沸いた。


「さすが王子!」

「面白そうだな!」

「ギンカちゃんなら優勝だ!」

「尻しか勝たん!」


 歓喜に沸く店内。


 だが、

「私は参加しないよ?」

 というギンカの一言に店内の空気は一転。落胆の声で溢れかえった。

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