第三幕 「惚れる私」

「これが、小惑星探査計画の概要だ。それで小型探査機を近くの工業大学で実験するとかなんとか聞いたぞ。あそこも航空宇宙をやってるからな。なにか、一緒にできないだろうか?おい、聞いているか?」

部室の黒板に小惑星探査のイメージ図が描かれている。私はいつもの調子で熱っぽく話をしていた。彼はというと、椅子に座りいつも通りの微妙な態度だった。

「ん?あぁ、ぼちぼち聞いてるよ。小惑星に行くって簡単そうだけど、難しいんだね。なかなかドラマチックな感じ?うまく行くかな?」

彼はやる気がないように振る舞っているけど、いつも部活に出席している。わたしは、もしかしてと思う。

「お前は、いつも聞いてないフリして意外と話を聞いているな。本当は天文に少しは興味があるんじゃないか?」

私の話を聞いてくれるのは、いつも彼だけだった。私は、それが悲しくもあり嬉しくもあった。

「そうかな?まぁ、いつも、ちょっと面白い話だと思ってるよ。全部は理解できないけど。」

「お前が天文部の活動に毎回参加しているのはそれが理由なのか?」

私は彼にそう問いかける。

私が改革を行った結果、同級生で天文部に来るのは今や私たちだけになっていた。もともと、先輩たちは来ていなかったので部室はいつも二人だけだった。私は自分の改革が良かったのか、ずっと自問自答を続けていた。

「ん~、まぁ暇だからね。」彼は何かを隠すように、いつもの調子で答えた。本当に暇だから来るのかな?私は少しの好奇心から彼に問いかけた。

「お前は、いつも『暇だ』と言っているが本当にそうなのか?お前には中学生から付き合っている彼女がいると聞いたことがある。彼女との付き合いもあるんじゃないのか?」

しばらくの間、沈黙が続いた。やってしまった…。こんな風に詮索されたら嫌に決まってる。

「いや、詮索してしまった。悪かった。」

私はバツの悪い顔をして彼に謝った。「椿さんが謝ることないよ。」私に申し訳ないと思ったのか、彼は本当の理由を話してくれた。でも、本当は誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。

「そうだね。春頃は彼女とよく出かけて、連絡も取り合っていた。高校が違うからその違いが新鮮で面白かったしね。でも、そのうちに共通の話題がなくなって、話が合わなくなってきた。それに、彼女も高校の活動が多くなって来たとかなんとか言って、最近はあまり会ってないんだ。ははは、まぁ、それが暇な理由ってわけ。」

彼は笑っていたが、その瞳には悲しみの色が滲んでいた。わたしは彼の気持ちを思うと堪らなくなった。

それと同時に自分の部活への情熱が彼を傷つけてしまったのではないかと自分が嫌になった。自分の顔がくしゃくしゃに崩れていることにわたしは気づく。

「お前はすごいな。そんな辛い思いを抱えながら、いつも冷静に振る舞えるなんて。私はそんなこと到底できないそうにない。そんなことも知らずに、いつも付き合わせて悪かった。天文部が嫌だったら辞めてもいいんだぞ。」

そう、わたしのために彼が犠牲になることはない。そんな悲しい想いをするくらいなら、いっそ辞めて欲しい。

「別に嫌ってことないよ。彼女とは天文部の話はしてたし、椿さんの変なキャラクターは、面白くてネタにしてたしね。」

彼は私を気に気を遣い軽口をたたいた。私は彼の気持ちを汲んで怒るように答える。

「お前は、私をそういう風に見てたのか?」

「ははは、椿さんは変わってるでしょ?椿さん自身もそう思ってるんじゃない?僕はそういうの好きだよ。僕は普通の人間でそんな風に振る舞える強さもないからさ。」彼は笑いながら言った。

社交辞令とはいえ、こんな変わり者の私のことを好きだと言われ、わたしは嬉しかった。

「そ、そんなものか?ま、まぁそうかもしれないな。」

彼はわたしの目をまっすぐに見つめてくる。わたしは恥ずかしさのあまり顔を背けていた。


私は、あの頃から彼に積極的に話かけるようになった。そのせいか、最近では彼と天文学について盛り上がることも増えた。私は、こんなわたしを受け止めてくれる彼の優しさにこの一年間ずっと惹かれていた。

それなのに、なんであんな酷いことを言ってしまったんだろう?わたしは、明日からどんな顔をして彼に会えばいいのか分からなかった。

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