第8話 マジパンは美味しくないけど、美しい

 あれは、ひな祭りの時期にケーキ屋の前を通り過ぎた時だった。「おひなさまケーキ」という名称のホールケーキの上に、お雛様の形をした人形が乗っているのが見えた。


「あのケーキの上に乗ってる人形ってさ、美味しくないよね」

「マジパンだろ。まあ、あれは飾り付けの砂糖菓子だから、味じゃなくてビジュアル担当だからな」


 泉はなんでもよく知っているなと感心しつつ、俺はその言葉にこっそり傷ついた。幼い頃、誕生日ケーキの上に乗っていた、可愛い人形を喜んで食べた一口目にその見た目に反して美味しくないと、心底がっかりした思い出がある。そして、そんなハリボテが乗ったケーキを用意した両親に対して、負の感情が強まったのは言うまでもない。


 あの誕生ケーキに乗っていた熊や、お雛様の形をした砂糖菓子は、なんだか俺みたいだと思った。味じゃなくて見た目を良く見せるためのハリボテ。だから、どんなに見た目が良くても、食べるとがっかりする。

 中身が悪くて汚い癖に、取り繕ってよく見せようとして、実際その中身が知られるとがっかりされる、母さんや、俺みたい。


「俺、マジパン嫌いだ……」

「ふうん」


 そして、俺は、綺麗なフリをする、汚い俺が嫌いだ。





「僕が、要のこと、愛してるから」


 そんな、泉らしい飾り気も何もない愛の告白は、俺にとっては奇襲爆撃だ。不意打ちで攻撃力抜群だった。

 吹き飛んだ頭では良い切り返しなど思いつくはずもなく、口の中はカラカラで、絞り出そうとした言葉は喉に引っかかってでてこない。

 泉は俺の返答を待っていて、俺をじっと見つめながら何も言わない。


「どうして、急に、そんな」

「……こないだ、お前がお見合いして帰ってきた日に、酔った要が僕の好意に気が付いてるって教えてくれてから、ずっと言おうと思ってたんだ」


 再びの予想外の攻撃に、もちろん防御もできず、どうしてそんなことを言ったんだと酔った自分の自爆とも言える行動を呪った。


「あの、泉、待って。ちょっと整理がつかなくて、酔った俺は泉になんて言った……?」

「僕が要に、汚い感情を向けるのが、嬉しいって」


 ああ、俺の大馬鹿野郎。どうして、そんなことを言ったんだ。

 頭を抱える俺に、泉は攻撃の手を緩めることなく、


「僕に、その、キスしながら」


なんて、とどめの爆弾を投下した。


「っごめん! 俺、そんな酷いことしたのに、記憶もなくて、俺、本当最低だ」

「……酷いことじゃない。言っただろ、僕は要のことが好きなんだ」


 そうは言ったって、きっと泉は深く傷ついたに違いない。一方的にそんなことをして、忘れて、何もなかったように振る舞う俺に。俺を好きだという感情を「汚い感情」呼ばわりした俺に。

 それでも、俺を、そんな汚い俺を好きだと言うのなら。


「でも、じゃあ、出て行くって、どうして」


 泉は、俯いていた顔を上げた。その表情は、今にも泣き出しそうだった。


「要は、僕にこうやって『好きだ』って言われても、応えてくれないだろ。千村から教えてもらったんだ。要が、僕のこと『彼女じゃないですけど、大事な人にお土産です』ってお見合い相手に言ってたって。でもそれは、あくまで友達としてなんだろ。僕は、要の隣にいれたら友達で良いとずっと思ってたんだ。でも、やっぱり駄目だ。あの日、駄目になったんだ。

 僕は、僕の思いを知ってても知らないふりで応えてくれない要を勝手に憎く思ったり、一回だけでもキスなんてされたら、こんな近くにいるのにもうできないんだって虚しく思ったり、やっぱり汚い感情をお前に抱いてるんだって、思い知らされて」


 もう、要の傍にいる資格がないんだ。

 そう言い終わった泉の眼からはとうとう涙が零れ落ち、無意識のうちにそんな泉を抱き締めてしまった。


「ごめん、ごめんな泉」

「やめ、やめてくれよ! なんで、こんな、こんなことするの、応えてくれないくせに! 諦めさせてくれよ!」


 泣きじゃくって抵抗する泉を、さらに強い力で抱き締める。

 俺は、お前との関係がもっと親密になって、俺の本性を知って、いつか泉が呆れて離れてしまうことが怖くて、今までずっと好意に気付かないふりをしてきた。きっと今、お前を手離してやる方が、お互いこれ以上傷つくこともないと思う。それでも、こんなに傷つけて、これからも傷つけるだろうとわかっていても、お前がいないなんて耐えられない。俺の身勝手で、こんなに泣かせて、傷つけてごめんな。

 でも、俺は泉に俺のことを、やっぱり好きでいて欲しいんだ。だから、諦めないでくれよ。 


「泉、ごめんな、俺駄目な人間なんだ、本当の俺はきっと泉が知らない嫌な人間なんだよ。それなのに、綺麗なフリをしようとする、汚い奴なんだ」

「そ、んなの、知らない! 関係ない! 僕は、要が綺麗だから好きなんじゃないし、汚いからって嫌いになるわけじゃない! 僕は要が好きだ、要のことが好きなんだ! 要は僕が好きなのか、嫌いなのかどっちなんだよ!」

 

 ぎゅうと俺にしがみついて叫んだ、どこまでも純粋で綺麗な泉に、漸く観念した狡くて汚いハリボテな俺は


「好きだよ」


と、自分の醜い本性を晒す覚悟を決めて、口付けた。

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