第7話 勇気をくれたタルトタタン
「本日のお店はこちら! オススメはなんと言っても、リンゴがたっぷりのタルトタタンです!」
流し見る程度のテレビで、よく知らないタレントが見知らぬケーキを食べていた。
タルトタタン。リンゴのケーキと言えばアップルパイ、いやアップルパイはパイか。それにしても名称の「タ」の率が高いな、二分の一が「タ」じゃないか。
そんなしょうもないことを思いついたら、前までは脊髄反射のように口に出して、泉に呆れられていたのだが。今は、そんなことすら口に出すのを躊躇う状況に置かれていた。
ここのところ、泉の様子がおかしい。あの、俺のお見合いもどきの日から溝ができてしまった自分たちだったが、泉が突然授業をサボった昨日から、さらに泉はおかしくなった。
時折にやけているかと思えば、深刻そうな表情で溜め息を吐き、俺の呼び掛けに慌てたり、反対に俺を呼び掛けてもごもご口籠って
「何でもない」
と言ったり。
やっぱりあの時、泉が授業をサボったのは千村の差し金ではないのか、その時に奴に何か言われたんじゃないのか。そんな憶測、邪推をしては自己嫌悪に陥った。
俺は泉に黙っていることがあるのに、泉が俺に隠し事をしていることを、不服に思っている自分は、一体何様なんだろう。
「なあ、泉はタルトタタン、食べたことある?」
「……作ったことある」
「思ったより上級者だった!」
当たり障りのない話を振ったら、斜め上の返事だったので、久しぶりに自然に笑ってしまった。そんな自分に、泉もどこかホッとした顔で
「ホットケーキミックスでなんちゃってタルトタタンだけど。簡単に作れるって本に載ってたから」
なんて答えたから、つい調子に乗って
「へー、じゃあ泉シェフに作ってもらおっかなあ。俺タルトタタン、食べたことない」
と、おねだりしてみせた。泉は少し考えてから、呆れたように笑って、
「いいよ」
と言った。
タルトタタンの話をしてからすぐの日曜日。ああ、なんだか色々あったけど、まだ一週間しか経ってないのかと、不思議に思って昼頃起きてきたら、泉が出かける準備をしていた。
「おはよう」
「泉、どっか行くの?」
思ったより不安げな声が自分から出て、泉は苦笑しながら言った。
「なんだよ、子どもみたいな顔して。買い物。リンゴとホットケーキミックス買ってくる。タルトタタン、作ってやるよ」
「俺も一緒に行こうか」
「いいよ、朝飯……もう昼か、用意してあるから食べてて」
さっさと出ていった泉に不安と不服感は募るばかりで、もしかして泉は千村に逢いに行ったのではないかなんて妄想まで沸いてくる始末だ。そんな不信感をかき消すべく、泉の用意したサンドイッチを食べながら、ネットでタルトタタンについて調べた。
タルトタタン。タタン姉妹のステファニーが作った、アップルパイもしくはリンゴタルトの失敗から生まれたお菓子。失敗作でも、美味しければ人気がでるのは至極当然、賄い飯が商品化するみたいな。いや、これはちょっと違うかな。あれか、失敗は成功の母。
そんな風に考えたり調べたり、またそれを元に考えたりと、ぐずぐず過ごしていたら、あっという間に泉は帰ってきたのだった。
「おかえり、早かったな」
「そうか? ただいま、要、サンドイッチ食べた?」
きょとんとした顔の泉にそう言われ、自分自身の中で勝手に、泉が千村に逢いに行く設定にしていたことを思い出して後ろめたい気持ちになった。誤魔化すように、
「サンドイッチ美味しかったよ、タルトタタンも楽しみだ」
なんて取り繕えば、はにかんだような表情で
「今日はなんだか変だな、素直過ぎ」
と返された。
さっそく、件のタルトタタンを作り始めた泉の周りを、ウロウロしながら見守る。リンゴを薄く切って、ホットケーキミックスを混ぜて。砂糖をフライパンにぶちこんで、茶色くなるまで焦がさないように温めていく。
「すげー甘そう」
「あんまりやり過ぎると苦くなるんだよ。プリンのカラメルソースと一緒」
手際よく出来上がっていくお菓子は、甘い香りを漂わせている。なんだか、甘い空気が充満しているキッチンに居たたまれなくなって、そっとリビングに戻った。
「はい、完成」
「リンゴケーキだ」
「まあ、本物とは別物だけど、それなりに美味いと思う」
切り分けられた一切れを皿にとって、一口食べたら、確かに仄かに苦く、それを上回る甘味が口の中で広がった。
やっぱり、甘いものは良い。自分の頬や口角がだらしなく緩むのを自覚しながら、
「はぁ、幸せ」
なんて、幸福感に満ちた溜め息を吐いた。
そんな自分を、愛おしむような目付きで見ていた泉は、一瞬悲しげに目を細めてから
「なあ、要」
と、自分の名を呼んだ。口の中にタルトタタンを詰め込んで、なに、という返答が些か怪しくなったが、泉は気にせずに口を開いた。
「僕、ここを出ていこうかと思ってる」
「へ?」
あまりに間抜けな声が漏れて、そのまま
「なんで?」
と、処理が追い付かない頭のまま聞いた。
泉は少し困ったように視線を泳がせたが、意を決してこちらを真っ直ぐ見て言った。
「僕が、要のこと、愛してるから」
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