最終話 美しい男たちの場合
「来島君、最近元気になったみたいで良かったね」
「そうっすね」
事務員の純子さんに話しかけられて、頷いた。同時に、この人も来島のこと心配してたんやな、となんだか嬉しくなった。
「DV彼女と別れたのかな」
ぼそりと呟かれた言葉に、思わず、
「え?」
と聞き返せば、
「多分、この前までDV受けてたっぽい雰囲気やったからさ」
なんて、まるですべてお見通しだといわんばかりの見解に、女の勘は凄いな、と感心する。勿論、二人のことは誰にもばれていない。相変わらず、来島と川本はできてるという不名誉な噂が出回っているくらいなのだ。
「別れたんじゃなくて、恋人の方が改心したんかもしれないっすよ」
「……川本君って、ほんまにお人好しやね、清く正しく、美しい心ですって感じ」
「ありがとうございます?」
褒められているのか貶されているのかわからずお礼を言えば、
「なんか、好きな子が違う男と上手くいってない時とか、つけこんで別れさそうとせずに、上手くいくように応援しそう。損な性分やな」
「なんなんすか、それ!」
やっぱり、女の勘は侮れへんな、なんて内心びっくりしたのは、俺だけの秘密だ。
「おう、ずる休み中に溜まった仕事で残業か」
「そういうお前は休みもせんのに仕事が溜まって、外回りから直帰せずに残業か」
外回りから社に戻ってくると、来島が残業してまだ仕事をしていたので皮肉を言えば、ぐうの音もでない正論で打ち負かされた。
「可愛くない奴!」
「お互いにな」
なんだかこんなやり取りも久しぶりな気がして、腹も立つが安心もした。
「……なあ」
「なに」
「……もう、大丈夫やねんな」
大丈夫だと、思ってはいるが、やっぱり、心配になるのだ。人はすぐには変われないし、田ノ上さんが来島を好きだと自覚しても、暴力を振るう可能性は当然ゼロじゃない。
あの日、無理矢理、田ノ上さんに自覚させて、本音を引きずり出してから、俺は田ノ上さんに会っていなかったから。
「お前が、大丈夫にしてくれたんやろ」
来島は、美しく響く低音で、そう言った。
その声の響きで、ああ、もう大丈夫なんやな、と思えた。
「ま、まあな! 感謝せえよ、俺に!」
「してるよ、ほんまにありがとう、川本」
照れ隠しもこの男には通用しないのか、真面目に返答されて、言葉に詰まってしまう。
「……大丈夫じゃなくなったら、すぐ言えよ。なんたってお前は」
俺の大事な同期やからな。
来島は、少し微笑んで、
「ありがとう」
と、美しい声でそう言った。
「川本ぉ、聞いてや、来島酷いねん。俺が十回好きって言っても返してくれんの一回だけやねんで。照れるのは可愛いから構わんけど、やっぱり、寂しいやん?」
「あー聞きたくない。同期と先輩の惚気話なんて全然聞きたくない」
久しぶりに田ノ上さんから飲みに誘われて、内心びくびくしながら行ったわけだが、内容はなんてことない惚気話であった。この人、イケメンの癖に、長らく拗らせてたから今爆発してるんやろうなあ。来島も苦労すんな、ざまあみろ。
「だって、こんなことお前にしか言えへんやん」
「俺が言いふらすかもしれんとかは思わないんすか」
勿論、そんなことするつもりは毛頭ないけれど。あまりにも、田ノ上さんが無警戒な感じなので、少し心配になったのだ。
田ノ上さんはきょとんとした表情をした後、吹き出した。
「お前が? はは、ないない、あの美しい心の持ち主の川本君が、そんな邪悪なこと考えるわけないやん」
田ノ上さんは茶化すように言ってから、
「あんな、つけこむ大チャンスを棒にふって、恋敵にも塩送れる男が、そんなことしいひんやろ」
と、笑った。
ああ、この人にもやっぱり、俺の気持ちはばれてたんやな。やから、あんなに焦って俺に敵愾心燃やしてたんやろうな。
「……何の話か、わかんないっすけど。来島のことは幸せにしてやってくださいよ」
「……そうやな」
俺が惚ければ、田ノ上さんはそれ以上、追及するつもりはないようだった。
「ありがたく、来島のことは俺が幸せにするから、お前も違う誰かを幸せにしてやってな」
微笑んだ田ノ上さんは、相変わらず美しい顔立ちだったが、今までと違って優しい笑顔だと思った。
「言われなくても、俺は皆さん言わはるように美しーい心の持ち主なんで、まだ見ぬ恋人のことだって幸せにしてやりますよ」
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