第8話:エフォウ

「リンデンだ! リンデンが攻めてきたぞ!」


 炎と煙の向こう側で、悲鳴と叫び声が聞こえる。


「兄さん、キリをお願い。弓を取って来るわ」


 リーイはそう言って、裏へと走った。


「もしかして、私の……せい?」


 ラムが足元にすり寄ってくる。私はラムを抱き上げて、きゅっと腕に力を込めた。


「いいや、そんなことはない。これはおそらく、彼のことが漏れたんだ」

「彼……?」


「とにかく、今は逃げよう。オルト鹿の森だ」

「は、はい」


 私たちは、炎をさけながら森へと走った。後を追うように炎がせまってくる。

木に燃え移るのではないかと不安になったが、不思議なことに炎は森の手前で足を止めた。まるで、見えないバリアがあるみたい。


村人たちが集まっているのだろう、奥に人だかりが見えた。そしてそこにいたのは…


「あ、あんたは!」

「お前……なぜここに……」


 人だかりの中心に、あの少年がいた。

 ラムが私の腕から抜け出して、彼のもとへと走ってゆく。少年は金の瞳を細めて、愛おしそうに腕に抱き、その背中を撫でている。そしてラムへの優しそうなしぐさとは、真逆の態度を私へと向けた。


「どういうことだ。なぜお前がここにいる?」

「それはこっちのセリフよ! ……そもそもあんたは誰なのよ!」


 私はかっとして、言い返す。周囲の空気がざわついたのがわかった。


「……お前はリンデンの、叔父の手の者ではないのか?」

「叔父って誰! わけの分からないことばっかり言わないで!」

「ふむ…」


「このっ…無礼者!」


 少年の周りを囲んでいた大人が鋭い声をあげる。


 でも、私はひるまない。


「『お化けレンガ屋敷』の庭にいたはずなのに、ペンダントの石が光ったと思ったら、ぜんぜん知らない場所にいて! アゥルとかユゥルとか言われてもピンとこないし。わけわかんない! 誰か、説明してよ!」


 私は少年を正面から見据え、睨みかえした。

 そうして虚勢を張っていないと、また涙が溢れてきそうだ。


 少年が目を見張る。珍しいものを見ているような、何ともいえない顔だ。

 ただその表情は、先ほどよりもほんの少しだけ柔らかかった。


「僕はエフォウ。お前の名前は?」

「……キリ」

「そうか。キリ、この石はどこで手に入れたんだ?」


 そう言って、ラムの首からペンダントを外す。


「……小さい頃、人からもらった。大切なものなんだから、返してよ」

「そうか。……ほら」


 エフォウはそれまでの態度が嘘のように、すんなりとペンダントを返してくれた。

私は拍子抜けして、ペンダントを両手で受け取る。


「キリは、キリの世界に帰れ」

「え?」


 以前どこかで、同じことを言われたような気がする。


 ふと手元を見るとペンダントの緑の石が、ぼんやりと光を放っていた。


「ひとつ、頼みごとをしてもいいか?」

「え?」


「       」


 少年が何か言っている。が、その声は届かない。



 周囲が白く染まり、私の意識は遠くへ消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る