第6話:テベの村
ぼんやりと、だれかの話し声が聞こえる。女の人と男の人の声だ。
「そんなの、かわいそうじゃない」
「僕だって嫌さ。でも今はまずい。リンダン王に見とがめらでもしたら……」
「それは、そうだけど……」
私が目を開くと、話し声はぴたりと止んだ。
リーイが心配そうにのぞき込んでくる。一緒にいたメガネの男の人は、バツが悪そうに顔を背けた。
お腹の上に重さを感じ、探ってみるとラムがひっくり返って伸びていた。
「よかったぁ。いきなり大泣きして気を失うんだもの。びっくりしたわ」
「ごめんなさい。リーイさん」
「リーイでいいわよ。さて、今度こそ何かお腹に入れないとね。あなた丸一日寝てたのよ? これは、あたしの兄さんのサドン。頭はいいけど変人だから注意してね? ほら兄さん、オルトの汁を温めなおして」
「はいはい。変人兄貴のサドンだよ。よろしくキリ。まったく……」
サドルは衝立の向こうに消えた。カチャカチャと動きまわる音が聞こえてくる。
リーイに手伝ってもらい身体を起こすと、ラムがもぞもぞと体勢を変えた。丸一日寝ていたというためか、ひどく身体が重かった。
「リーイ、ここはどこですか?」
「ここは私の家よ。テべの村の」
「テべの……村」
「やっぱり、思い出せない?」
私はうなずき、そして思い切って聞いてみることにした。
「その、思い出せないというより、わからないんです。テべの村もオルト鹿の森も、そんな地名自体、私は知らなくて……」
「それって、すごく遠い土地から来たってこと?」
私は首をふる。
「それがわからなくて。私はボシアという街にいたはずなんです。でも本当に突然、気がつくと、あの森にいました」
「確かにボシアの街って聞いたことないわね。転移魔法で飛んだとかじゃないの?」
「転移……魔法?」
その言葉に、私は愕然とする。『転移魔法』なんて、ゲームや漫画の世界、フィクションでしか聞いたことがない。たしか、ワープとかするやつだ。
「ほら、海や山脈を挟んだり、長距離を移動するときとかに使われる術……って、どうしたの? 真っ青よ」
「魔……法?」
リーイが嘘をついているようには見えない。それなら『ここ』には『魔法』とやらがあるのだ。
本当に私の知る世界とは違う場所、それを突きつけられ、頭がゆらゆらと揺れた。
「ちょっ、キリ大丈夫? 兄さん! 兄さん来て!」
「知らない……」
「え……?」
「転移魔法なんて、魔法なんて知らない……。私は隣の家の庭で、この猫もどきにペンダントをとられて、追いかけたら感じ悪いやつがいて、気がついたら知らない森の中に居て……何なのよ!もう意味わかんない! 何か知っているなら答えろ! この猫もどき!」
私は叫んでラムを脇下からつかみ上げ、あふれ出る感情のまま揺さぶった。
ラムの足が振り子のように揺れたが、私はかまいなく罵詈雑言を撒き散らす。
すると、リーイに呼ばれ駆け込んできたサドルが、叫んだのだ。驚愕の表情だ。
「ちょ、ちょっと待って! 今『ネコモドキ』と言ったかい?」
彼は私の爆発を上回る勢いで距離を詰めてきて、あわててリーイが引き離す。
「兄さん! 何やってるのよ!」
「だってリーイ、今この娘は『ネコモドキ』と言ったぞ」
「はぁ? だから何!」
「キリ、君はこの『メテ』のことを『ネコモドキ』と呼んだね」
意味がわからないまま、私はうなずいた。どういうことだろう。
「それは『ネコノヨウナモノ』という意味であってるかい?」
「え? ……そ、そうです!」
知らない世界で通じる言葉と出会ったのだ。私はすがる思いでサドンを見た。
彼は頷いて、しかし困った顔で私に言った。
「よし。でも、まずはご飯にしよう。長い話になるからね」
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