第4話:謎な少年
『お化けレンガ屋敷』の敷地は広かった。
そのうえ茂った植物が邪魔をして見通しが悪い。ふわりと濃ゆい緑と土の匂いが鼻につき、それは私に生まれた土地の深い山々を思い出させた。整備された公園とは違う、自然のままの緑の匂いだ。
部屋から見下ろしていたときは気づかなかったが、足元には雑草やコケ類が大量に生えていた。獣道は見あたらない。本当にこんなところに誰かが入り込んでいるのだろうか。
それでも『猫もどき』はしゅるしゅると、滑るように奥へと進んでいく。
必死で追いかけて行くと、やっとのことで開けた場所に出た。
森をくりぬいたような空間には、小さなイスとテーブルが置かれている。古そうだが、手入れはされているようだ。
『誰が』それらを使っているのかと考えると、ひやりと冷たいものが背筋を這った。
すると猫もどきがテーブルの上にあがり、じっと庭の奥を見つめている。
今がチャンスだと、私は近づいた。しかし……
「ラム、どうしたんだ?」
突然降ってわいた声に、私は悲鳴にならない悲鳴をあげる。
そして『ラム』と呼ばれた猫もどきはふわりとジャンプし、声の主の腕に収まったのだ。
そこにいたのは、不思議な少年だった。
同い年くらいに思えるが、ずいぶんと背が高い。
どういうわけか薄暗い庭の中で、少年は白くうっすらと浮き上がって見えた。幽霊なんて見たことはないが、こういう感じかもしれない。
少年は何か話しかけながら、『ラム』とやらの毛並みを撫でつけていた。猫もどきも満足そうに、グゥルゥゥと猫のような喉をならしている。
いやいや、それよりも何故、こんな場所で人と出会うのだろう?
どろぼう? きもだめしの人? ただの近所の人? まさか、この廃屋の住人?
なんで猫もどきのことを、何事もないように可愛がってるの?
様々な憶測が頭の中を駆け巡っていたが、少年の瞳がちらりと見えて、私は息をのんだ。
「誰だ、お前」
少年は私を睨みつけた。
彼の眼は猫もどきと同じ色で鈍い光をはなった。漫画やゲームならともかく、現実の人間の色には見えない。
金色の瞳だ!
「なんだお前は。何故ここにいる?」
やけに尊大で高圧的な態度だったが、警戒されるのはしかたがない。
「あの、勝手に入り込んですみません。えっと……その猫が加えてる緑の石の……」
「違う」
「え?」
少年は私の言葉を遮り、険をあらわにした。
「猫じゃない。それにコイツが自分で手に入れたのなら、この石はもうコイツの物だ。あきらめて、とっとと帰れ」
「は、はあ? いや、それ私のなんだけど!」
「知らん」
少年は、踵を返して歩き出した。私の存在など気にも留めず、すたすたと歩いていってしまう。猫もどきは抱えたままだ。
「ちょ、ちょっと待って……返してってば!」
私は少年を追い、その肩をつかむ。
「……離せ」
「やだ! お願いだから、ソレは返して!」
「うるさいっ」
少年は突き飛ばされ、私は尻もちをついた。しかし、それで引き下がるくらいなら母さんから「もっと女らしく……」などと小言をもらったりしない。
なにくそ! と猫もどきに手を伸ばし、ペンダントの皮紐をつかむ。
すると突然、不思議なことが起こった。
ペンダントの石が、ぼんやりと光り出したのだ。驚いて私は手を離してしまう。
「何、これ……」
手を離すと、石は光るのを止めた。
少年は金の瞳を大きく見開き、じぃっと私の顔を見つめてくる。困惑しているような、驚いているような、そんな表情だ。
「お前は何者だ。なぜ、鍵石を光らせることができる」
「はい?」
意味がわからない。そんなの、こっちが聞きたいわ!
聞き返そうとしたが、それは叶わなかった。猫もどきが少年の腕から抜け出し、ぴょいと跳び移ってきたのだ。
みっちりと私の腕に納まり、ぐいぐいと生暖かい体を押し付けてくる。
「ラム!」
少年は慌てたように猫もどきを呼んだ。が、その声は届かない。
周囲が白く染まり、私の意識は遠くへ消えた。
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