第2話:怪しい家のうわさ

「ねえねえ、キリってさ……」


 昼休み、クラスメイトが話しかけてきた。

 たしか斜め後ろの席の子だ。他のクラスメイト達も私の机を取り囲む。彼らの好奇の表情を見るに、転校生はおおむね好意的に迎えられているらしい。


「キリってさ、どのあたりに住んでるの? 電車通学?」

「ううん、歩きだよ。ここから20分くらいのとこ」

「へえ、歩きかぁ」

「大変じゃない? どっちの方?」

「ええっと、森ノ北ってとこ…郵便局の前を登っていって……」

「ああ、森ノ北かあ。駅とは反対方向なんだね」

「うん。でもアップダウンは駅からより少ないから、それは楽かも」

「「「確かに!」」」


 そんな他愛ないやりとりをしていると、背の高い男子がちょっと意味深な様子で会話を振ってきた。

「森ノ北っていうとさ、『お化けレンガ屋敷』……近いんじゃねえ?」

「お化けレンガ屋敷?」


 私はその不穏な名称に、思わず眉をひそめる。


「そうそう、レンガ造りの古い家でさ、でっかいんだけどボロボロの廃墟みたいな家なんだけど……」


 あれ? なにか、知っているような気がする。


「ああ、そのお化けレンガ屋敷ってのがさ……出るっていう噂なんだよ」

「出る?」


 そう聞き返した私に、男子生徒は両手を前にだらんと垂らした。


「出るといえばコレだよ。昼でも薄暗くて怪しい感じの家なんだけどさ、夜になると人の叫び声が聴こえてくるとか……」

「火の玉がフワフワ浮かんでたとか……」

「あとなんだっけ、化け物が庭を徘徊してるとか……」


 クラスメイトたちは口々に噂し、


「まあ何というか、そういう怪談っぽい……怪しい噂の絶えない家なのよ。近所では『お化けレンガ屋敷』って呼ばれてるわ。つまり、きもだめしスポット!」


 斜め後ろの彼女がまとめてくれた。


 アレは、どうやら地元でも有名な家らしい。

 確かにあの廃墟っぷりでは、そう呼ばれるのも納得だ。


「もしかして、そのお化けレンガ屋敷? お隣さんかもしれない……」

「「「 ええええ!!! 」」」


 案の定、好奇の悲鳴があがる。


「引っ越しのとき挨拶に行ったけど、誰もいなかったよ。空き家なんだ?」

「そうみたい。でも怪しい噂だらけの場所だけどさ、近所の子どもたちにとって良いきもだめしスポットなのよ。庭が広いしあの風情でしょ? 夜にこっそり忍び込む人が居るみたい。火の玉とか話し声とかは、そういう人達のものじゃないか、っていう説が濃厚よ」

「そうなんだ……」


 それなら私が見た、あの明かりは何だったのだろう。誰かが勝手に入り込んでいたのか、お化けなのかわからないが、これから『怪しい噂』の絶えない廃屋の隣で暮らしていかなければならないのだ。はっきり言ってそんなの、めちゃくちゃ気味が悪い。それに……


予鈴が鳴り、次の授業の担当教師が教室に入って来た。クラスメイトたちは散り散りに、自分の席へと戻っていく。


『地元でも有名な怪しい廃屋』『お化けレンガ屋敷』

 隣の家がそう呼ばれているということを、はたして母さんに伝えるかどうか。私は頭を悩ませつつ、数学の教科書を開いた。


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