最終話 開始まで後3日
「え!?」
スッと、顔の横から腕が伸びて来る。
召喚のポーズだ。大きく目を見開く。
「っ、ンナードオーヴァに、ようこそ……っ!!」
震えたリュべの大きな声と、発光で地面が見えなくなったのは同時だった。
「わっ!!」
ぽすっ! と。
間髪入れず柔らかな衝撃が襲ってきた。地面に落ちたんだ。
それにしてはマットに落下したかのような衝撃。おかしい。
「は……っ」
すぐ近くからリュベの荒い声が聞こえてくる。
リュベの声がする、って事は。
恐る恐る目を開けると――誘惑の森の前に座っていたのだ。
「生き……てる……?」
何で、と視線を落とすと、そこにあったのは茶色い地面では無かった。
あったのは、羽のように白くて、ソファーのように巨大な花びら。
羽毛布団のようにフカフカで、落下の衝撃を吸収してくれた事が分かる。
「良かった……ちゃんと召喚出来たぁ……」
「リュベ……これを呼んでくれたの? あの状況で? あんなに喚いてたのに?」
「う、うん。怖かったけど、エリカが僕以上に怖がってたから……どうにかしないと、って思って」
リュベをおぶっている関係、彼の顔が見られないのが残念だった。
今リュべは泣いているのかな。でも聞こえる声は誇らしげだ。
――その時。
「おめでとうございます! ちゃんと降りられたのですね! 凄いです凄いですっ!! 最後の1秒になったら褒賞戦参加資格と引き換えにレジェムが助けるつもりでしたが……リュべ様! 格好良かったですよ! 褒賞戦への参加も引き続き頑張って下さい!! エリカ様もお疲れ様でした!!」
パッ! と頭上にレジェムが現れる。
「そんなリュべ様にテルルネ様からプレゼントです〜っ!!」
嬉しそうに声を弾ませたレジェムが空中で一回転する。
と。
私達のすぐ横に、拳大の琥珀色の卵がぼとりと降ってきた。リュベの代わりに卵を手に取る。
「綺麗……なにこれ卵? 赤ちゃんがいる?」
陽光を反射してきらきら輝いていて宝石みたいだけど……中央に何か動物の胎児みたいなのがいる。
気持ち悪いような、ずっと見ていたくなるような、不思議な卵だった。
「はい卵です! テルルネ様から言われてるんです。王宮に行くまでに勇敢な行いをした子供にはこれを褒美として与えよ、って。リュべ様とエリカ様はテルルネ様に認められたんです! 何の卵かはもう少し秘密です〜。あ、頑丈ですから投げたり踏んだりしても割れないので、そこは心配しなくて平気ですよ」
「へ〜勇敢な行いねえ……確かにさっきのリュべは勇敢だったよ、有り難うね! これ、リュべが持ってなよ!」
はい、と琥珀色の卵を背中のリュべに渡そうとする。
「僕じゃなくてエリカが持ってなよ。僕が頑張れたの、エリカのおかげだし……」
しかし卵は受け取って貰えなかった。
「えっ? じゃ、じゃあ………えへへ」
そんな風に言われると照れちゃって、笑いながら卵をジャージにしまう。
ぷかぷか浮いていたレジェムが、景気づけるようにクルッと1回転する。
「では行きましょうか! リュべ様は王宮までエリカ様におぶって貰うと良いですよ。そうしたら余裕で褒賞戦には間に合います!」
「エリカお願い。ごめん、疲れたら休憩してくれて良いからね」
「では! まずは誘惑の森を抜けましょう! の前に……エリカ様、あっちの方向に先に走ってて頂けますか? 誘惑の森はその名の通り、あの手この手でお2人を誘惑してくるでしょうからお気を付けて。レジェムは5分程外します、テルルネ様へ一旦経過報告をしてきます~っ! すぐ追い付きますねっ!」
レジェムの声、初めて会った時よりも嬉しそう。
褒賞戦戦の案内役として造られたと言う事は、レジェムは外の世界をあまり知らない、のかな? だからワクワクしてるみたい。
宙を一回転して消えたレジェムを見届けた頃には元気が戻って来て、リュベをおぶって立ち上がる。
「行くよ!」
「わっ!?」
「いちいち驚かないでよ。笑っちゃう。情けなくて」
「ご、ごめん」
痩せた腕が振り落とされまいと、首にしがみついてきた。
「ねえ、エリカ」
その声は今までと違った。
少しだけ情けなさが消え、代わりに真剣みを帯びている。
振り向いてリュベを見ると、こちらを見ていた青い瞳と目が合う。
「……間違って召喚してごめんね。責任持って、僕がエリカをテルルネ様に会わせるから」
その目は、初めて会った時と違って涙の膜が張っていなかった。
たったそれだけの事がなんだか嬉しくて、何も返事が出来ずただただリュベを見返す。
それが数秒続いた後、ふいっと罰が悪そうに青い目が逸らされる。
「……後……首絞めてごめん……」
続いた言葉は小さな物だった。
ちょっ、さっきの目は何だったの!?
今にも泣きそうだし。
「っな、あーもー良いって!! いや良くないけど!! ほら、行くよ!」
有り難う、とクスッと笑ったリュべをわざと大きな動作でおぶり直す。
褒賞戦開始まで、後3日。
王宮まできっと物凄い遠いんだろう。
俊足のおかげでそんなに体力は要らないけど、ちゃんと走り切れるかな……。
でも、ううん、きっと大丈夫。
あんなに泣いていたリュべが諦めなかったんだから、私も諦めないでいられる気がしたから。
改めて目の前の森に視線を向ける。
誘惑の森は夜みたいに暗くて、何が待ち受けているかさっぱり分からなかった。
「おしっ!」
私は意気込んでから、先に進むべく駆け出した。
―――――
短編コンテストに出した物なのでここで終わりです。読んで下さって有り難う御座いました!
あらすじに最後までのプロットがあります。
ンナードオーヴァ褒賞戦〜泣き虫召喚士と元気な誤召喚者〜 上津英 @kodukodu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます