013 「ヴァニタスの魔法––––戦争を終わらせた魔法だよ」

「で、何があったの?」


 お昼を食べた後(カルボナーラとマルゲリータとりんごパイと自家製ブドウジュースが美味しかったです)、ギャルの部屋こと、ハニー先生の寮長室(今知りました)にて先程起こった出来事をフラン先輩が話してくださいました。


「なるほどねぇ……」


 フラン先輩の話を聞いたハニー先生は、考え込むように紅茶を一口飲みました。


「まずはさ、人を殴っちゃダメでしょ」


「ですが、先にやられたのはこちらでして(けどよ、あいつからけしかけてきたんだぜ)」


「うん、向こうも悪いけど、こっちも悪いよ」


 ハニー先生は杖を軽く振って、小さな包みを取り出し、それをわたくし達に渡してくださいました。包みを開くと––––中には綺麗にデコレーションされた宝石みたいなチョコレートが入っておりました。


「二人とも食べて」


 急にチョコレートを勧められた理由は分かりませんが食べました。


「どお?」


「美味しいです(美味すぎる! 二層のガナッシュはミルクとビターに別れていて、それぞれが自己主張をしながらも上手く調和し混じり合っている! これはまさにカカオが奏でるオーケストラ、ガナッシュの調べ第三番、第四楽章だ!)」


「ふふっ、千夏ちゃん、顔がとろけてるよ」


 正面に置いてある姿見を見ると、確かに人に見せられないような恍惚の表情を浮かべています。


「お、面映いですわ……(は、恥じかしっ! 見んじゃねーよ!)」


 フラン先輩もわたくしの顔を見て、クスクスと笑っておりました。

 良かった、元気が出てきたみたいですね。


「これね、ハニー先生が作ったんだよ」


 フラン先輩がさりげない感じで教えてくださいましたが、わたくしには衝撃の情報でした。


「本当ですの⁉︎(まじか⁉︎)」


「うん、本当」


「もっとありますの⁉︎(まだあんのか⁉︎)」


「あるけど––––」


 ハニー先生はわたくしをジッと見つめ、


「もっと欲しいならあたしの話をちゃんと聞いてね」


「分かりましたわ(もちろん)」


 ハニー先生はニコッとわたくしに笑いかけてから、フラン先輩に向き直りました。


「フランちゃん、ごめん、二人で話してもいいかな?」


「あ、構いませんよ」


 ハニー先生は「ごめんね」と部屋を出るフラン先輩に再びチョコレートを渡し、フラン先輩はわたくしに「さっきはありがとね、クリスティーナちゃん」とお礼を言ってから寮長室を後にしました。


「じゃあ、えっとね、さっきの話に戻るけど、あたしは暴力を振るった千夏ちゃんを怒ったりはしないよ––––だってフランちゃんの為にやったんでしょ?」


「まあ、それは……そうです(頭にきたからな)」


「形はどうあれ、他者の為に怒った千夏ちゃんは間違ってないよ」


 ただ、とハニー先生は話を続けます。


「相手に何か腹の立つことを言われたからといって、相手を黙らせる為の手段として暴力を振るっちゃダメだよ」


「では、言われっぱなしでいろと?(何もするなって言いたいのか?)」


「ううん、違う」


 ハニー先生はゆっくりと首を横に振りました。


「力ある者は、その力の使い方を考えないといけないの」


 ハニー先生はわたくしから目を逸らさずに言います。


「魔法使いってさ、なまじ中途半端な力があるからさ、自分の意見を通すために、自分の考えを正当化するために、言葉ではなく力を選んじゃうの。それが段々大きくなって、戦争が始まるんだよね」


 過去の大戦もそんな感じで始まって大きくなったそうだよ、とハニー先生は話を付け足しました。


「相手に腹の立つことを言われたり、されました。攻撃します、黙らせます。でも、自分よりも強い人がいたら同じことをされちゃうよね」


 ハニー先生の言いたいことは何となく分かります。


「……お母様はそれを(クソババアはそれをやったのか)」


「そうだね、それの一番デカいのをやったのが千夏ちゃんのお母さん」


 ハニー先生は少し躊躇う仕草を見せ、何回か口を開けたり閉じたりしてから、言うことにしたのか、ゆっくりと話を続けます。


「シェリルの両親や家族は––––千夏ちゃんにとってはおじいちゃんやおばあちゃん、叔母さんや叔父さんだね。その人達は、その人達はね、先の大戦で亡くなったの」


「……そうでしたのね(……そうか)」


「シェリルはその知らせに怒り狂って、城を飛び出したの。それで、七日後に戦争が終わったの」


 そうです、疑問には思っていました。

 いつもぽわぽわでゆるゆるのお母様が、そんなことをするわけないって。

 ですので、殺人だとか人殺しだとか言われてもピンと来なかったんですよね。


「今でも後悔してるって話してたよ」


 ハニー先生はわたくしの背後へと移動し、何故かわたくしの髪をブラシでかし始めました。


「あの……(おい)」


「いいから、いいから」


 今度は梳かし終わった髪を編み込み始めました。


「お母さん、千夏ちゃんのことで、何か怒ったことある?」


「……え、あ、えっと、ありませんわ(え、あー、ねぇと思う)」


 急に質問され、変な反応をしちゃいました。

 ハニー先生は気にせずに、話と髪いじりを続けます。


「だよねー、シェリルはさ、アレ以降怒れなくなっちゃったんだよね。また、あんなことになるのは嫌だ、あのメラメラとした破壊衝動に支配されるのは嫌だって」


 戦争は極限状況だから仕方ないのかもしれないけど、とハニー先生は言いました。


「シェリルは千夏ちゃんに、同じてつを踏んで欲しくないと思ってるだろうし、あたしもそう思ってる」


「つまり、感情をコントロールしなさいと?(我慢しろってことか?)」


「それもあるけど––––それは無理でしょ?」


「無理ですわ(まあな)」


「あははははっ」


 ハニー先生は揶揄からかうように笑いながら、ゴムで髪を結い、ヘアピンをいくつか使い髪を固定しました。


「だから、ね、他者を尊重して、理解は出来なくても認めて受け入れる努力をしてね」


「両親を殺されてもですか?(両親を殺されてもか?)」


「そうならないように、お互いがその気持ちを持つことが大切なの」


 まあ、言ってることは理解出来ますが、あのディアトマーレとかいう奴が理解出来るとは思えませんね。

 あっ、そうです、ディアトマーレと言えば––––


「ディアトマーレ先生は妹さんがいらっしゃるのですか?(あの先生は妹いんのか?)」


「あー、確か従姉妹の子が今年入るって聞いてるよ」


 なるほど、だから同じ苗字でしたのね。

 あと、もう一つ気になることを言っておりました。


「ウィンディオン……でしたっけ?(あいつらの国だけどさ)」


「ディアトマーレ先生の国? そうだよ」


「魔法が使えなくなった––––ってどういうことですの?(魔法が使えねーって何だ?)」


「あー、ヴァニタスの魔法って言われてる」


 ハニー先生はわたくしの前髪をくしで整えてから、鏡越しにわたくしと視線を合わせました。


「戦争を終わらせた魔法だよ」

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