012 「ある国は二度と魔法が使えない場所となった」

「ごめんなさい、大丈夫、自分で歩けるから……」


 寮へと戻る途中でフラン先輩を降ろし、後ろを振り向きます。追ってはいないみたいですね。


「ごめんね、助けてもらっちゃったね」


「わたくしこそ、案内をしてもらったのですからお互い様ですわ(気にすんな)」


「ううん、学校の案内なんて誰でも出来ることだから……」


 うつむき、視線を落とすフラン先輩。


「……私ね、対人魔法が苦手でね、ほら、一年生にも負けちゃった」


「人間性では勝ってましたわ(だから、気にすんなって)」


「クリスティーナちゃんは、優しいね」


 フラン先輩は無理をしたように微笑みました。


「……私ね、ダメなの、人に対して魔法攻撃を行おうとすると、手が……震えちゃって」


 フラン先輩は両手を合わせ、揉み込むようにスリスリと擦ります。


「頼りない先輩でごめんね……」


「人の為に怒れる先輩はカッコいいと思いますわ(だから、気にすんなって)」


 しばらく無言で、寮への道を歩きます。

 寮が見えて来た頃にフラン先輩は、細ほぞと再び口を開きました。


「……あの子ね、ウィンディオンの出身って言ってたでしょ?」


「ええ(覚えてねーけど、そんなんだったな)」


「ウィンディオンは先の大戦でもっとも被害が出た国で、今もそれに苦しんでいるの」


「それはお母様のせいですの?(クソババアのせいなのか?)」


「……うーん、あの子の言ってた『戦勝国の意見』って概ね間違いではないと思うの。ただ、ユリナファインが戦争を終わらせたってのも間違いじゃなくて……ごめんね、何言ってるか分からないね」


「大体分かりますわ(分からんな)」


 多分、両方正しいのでしょうね。


「クリスティーナちゃんのお母さんは凄い魔法使いで、だった一人で大きな戦果を上げたんだけど、やり過ぎだったんじゃないかって声は少なからずあって……」


「どんなことをしましたの?(何やったんだ、あのクソババア)」


「んー、私もあまり詳しくなくて、でもこういうのは尾ひれが付くものだから……正しいかどうかの確証はなくて」


「それでも構いませんわ、教えてください(いいよ、教えてくれ)」


「それは、私が教えてやる」


 いつの間にか寮に到着しておりました。

 寮の前には声の主が仁王立ちしており、先程見たような長い黒髪に、厳格そうな鋭い眼差しでわたくしを睨むように見ておりました。


「……ディアトマーレ先生」


 フラン先輩は、寮の前に立っていた人をそう呼びました。ディアトマーレ、あの喧嘩を売ってきた人と同じ名前ですね。


「入学早々暴力事件とは、やってくれるな」


 あ、先程の一件がバレていますわ。しらばっくれましょう。


「人違いだと思いますわ(あたし知らねーし)」


「現場から立ち去る人物は、銀色の髪を揺らしながら逃走した」


 わたくしの髪に痛いほどの視線を感じました。


「その髪を持つのは、ユリナファイン家のものだけだ」


 それは知りませんでしたね。なら、しらばっくれるのは辞めましょう。


「向こうが先に手を出してきましたわ(あっちから因縁付けてきたんだ)」


「だとしても、だ」


「フラン先輩もやられました(この人も吹き飛ばされたたんだが?)」


 ディアトマーレ先生は、フラン先輩に目だけで視線を動かし、


「ああ、こいつならそうなるだろうな。私の授業でも、いつもそうだ。なんで君達の寮長がこいつを監督生にしたのか不思議でならない」


 フラン先輩は拳をギュッと握り、目元には涙を浮かべておりました。

 はい、こいつ殴りましょう。先生だかなんだか知りませんが関係ありません。ムカつきます。

 しかし、地元を制した最強の左は炸裂することなく、フラン先輩の肩に置かれました。

 ……もうっ! だから、なんで急に言うことを聞かなくなりますの、この身体は⁉︎ さっきは普通に殴れましたのに! どーして、フラン先輩を慰めるような真反対の行動をとりますの⁉︎

 ……仕方ありません、作戦変更です。あまり得意ではありませんが、口で攻撃しましょう。

 そもそも、先に言ったのはそっちですからね。


「わたくしの暴力をとがめておきながら、あなたは言葉の暴力を振るうのですね。先生という人に物を教える立場でありながら、他者を虐げるような発言は不適切だと思いますわ(なんだテメーこら! やんのか、こら! 舐めんじゃねーぞ、こら!)」


「事実を言ったまでだ。こいつの対人魔法学での成績はダントツの最下位、目も当てられない出来栄えだ」


「だからと言って、そのことを悪く言うのはあり得ませんし、授業の成績の悪さを理由に、人をさげすむのはあってはならないことですわ(うっせぇ、ばーか! ばーか、ばーか! ばーか!)」


「はいはい、二人ともその辺にしなさい」


 パンパンと手を叩きながら、ハニー先生がこちらに近付いて来ました。


「どったのさ?」


「君の寮生が私の寮生に暴力を働いたのだ」


「ありゃま、そいつは悪かったねぇ」


 ディアトマーレ先生は、ハニー先生を推し量るような目で見つめました。


「私の寮生ではないので、罰則は出せないが––––厳格なる判断を頼むよ」


「でも、何か事情があるんでしょ?」


 ハニー先生はわたくしの頭にポンと手を置きました。


「事情を聞いてから判断するよ」


「そうしてくれ」


 そう言ってからディアトマーレ先生は、わたくしに向き直り、


「でだ、教えてやると言ったな。ユリナファインが何をしたかを」


「ええ(そういえば、言ったな)」


 ディアトマーレ先生は、ゆっくりと話し始めました。


「ユリナファインの影響で被害を被った街は数知れない。ある街は七日間消えない炎に焼かれ続け、ある街は地図上では海と表現される場所となり、ある街は呼吸するための空気が無くなり、ある街は上下を逆さまにされ、ある国は二度と魔法が使えない場所となった」


 ディアトマーレ先生はずいっとわたくしに顔を近付けました。


「そしてそれは、私の国––––ウィンディオンだ」

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