014 「今日は新入生歓迎パーティーでご馳走だからねっ」

「ヴァニタスの魔法はね、空間内の魔法の発動を無効化する魔法で、シェリルのオリジナル魔法なんだよねー」


 ハニー先生は杖を取り出し、わたくしの頭頂部をコツンと叩きました。


「はーい、編み込みハーフアップのかんせーい」


 姿見を確認すると、わたくしの髪型がお嬢様になっておりました。


「形状記憶魔法をかけたから、絶対に崩れない、完璧なスタイリングとなっておりまーす」


 試しに頭を左右に振って見ましたが、動いた前髪は必ず同じ位置へと戻りました。


「この魔法は、運動前の女子には必須の魔法だから、覚え損はないよっ」


 ハニー先生は「大体五時間くらい持つからね」とわたくしの前に座り直しました。


「で、ヴァニタスの魔法ね」


「その魔法で戦争を終わらせたって……魔法が使えなくなるだけでは……あっ(んなので、戦争が終わるわけ……あー)」


「うん、終わるよ。魔法戦争だもの」


 武器が無ければ攻撃出来ない。この世界にとっての武器は––––魔法。


「そして、最悪なのはその魔法の範囲内でシェリルのみ、魔法が使えるの」


 それは、それは––––


「ただでさえ一方的だったのが、もっと酷くなった」


 無条件で即時降伏するしかなかった––––とハニー先生は視線を落としました。


「他の国もそう、その魔法の存在を知って、ウィンディオンの現状や、自国に被害を与え続けているシェリルの圧倒的な魔法を見て、無条件で即時降伏したよ」


「他の国とは?(なんで他の国が出てくる?)」


「んっとね、スイートラリアは三つの国と隣接しててね、その三つの国が一気に攻めて来たの」


「どうしてスイートラリアは三つの国から攻撃されましたの?(何でそんなことになったんだ?)」


「さー? 分かんないけど––––きっとスイートラリアの国土や資源を三国で分け合おう––––みたいな話でもしてたんじゃない?」


 ハニー先生はワザとらしく両手を広げてみせました。


「とにかく、ヴァニタスの魔法がきっかけで戦争は終わったの。で、問題はその後」


 ハニー先生は空になったティーカップを杖で叩きました。すると、底から湧き上がるようにティーカップは紅茶で満たされました。


「こういう魔法はさ、使ったらそれでお終いなんだけど––––ヴァニタスの魔法は未だに効いてるんだよね」


 ある国は二度と魔法の使えない場所となった––––確か、そう言ってました。


「ウィンディオンは未だにヴァニタスの魔法に支配されていて、ウィンディオンでは全ての魔法が無効化されちゃうの」


「それは––––解けませんの?(解除出来ないのか?)」


「出来ない、色んな人が解析や分析をしたけど何も分からなかったの」


「お母様は? お母様は何故その魔法を解きませんの?(クソババアに解除させればいいだろ?)」


「それがシェリルにも出来なかったの」


「自分でその魔法を使ったのに?(クソババアがやった魔法なのにか?)」


「魔法って、放出系と持続系ってのがあってね、紅茶を出したり、この前見せた雷の魔法が放出系で––––」


 ハニー先生はわたくしの頭を指差しました。


「千夏ちゃんのヘアメイクを形状記憶してる魔法が持続系。で、持続系の魔法は、持続時間を長くすればする程、発動が難しく魔力消費も増えるの」


 第四次魔法大戦があったのは、大体二十年前くらいでしたね。


「お母様はどのくらいの持続時間で、そのヴァニタスの魔法を使ったのでしょうか?(クソババアはその魔法どれくらいの長さで使ったんだ?)」


「分かんないみたい」


「……はい?(あ?)」


「その時はさ、なんて言うか、ほら、感情というか、心というか、そういうのが良くない状態で使ったらしくて……持続時間とか多分考えてなくて、出来るだけ長く––––みたいに思ったんじゃない?」


 ハニー先生の言い方は、出来るだけお母様を悪く言わないような言い方でした。

 ただ、両親や家族を殺されてどんな感じだったかなんて……想像したくもありません。


「シェリルの魔法はさ、感情的なの。感情を魔力に乗せて解き放つ。ほら、音楽とかでもさ、音に感情が乗ってたりするでしょ? あんな感じ。その感情が強ければ強いほど魔法も強くなる」


 どんな感情を乗せたかなんて––––言うまでもありません。

 ハニー先生は「多分黒い感情だろうねぇ」と、わたくしの心を見透かしたかのように笑いました。


「だからね、本人もどんな魔法だったのか理解してないのに使っちゃったみたい。それで、解けない感じかな」


 もちろんその被害は尋常じゃないよ、とハニー先生は話を続けます。


「この世界では、ライフライン––––千夏ちゃんのとこで言う、ガス水道電気だね。そういうのを魔法を使って生活を豊かにしてるの」


「では、ウィンディオンは……(じゃあ、あいつらの国は……)」


「そう、そういうのが全部出来なくなっちゃったから、とても苦労してる」


 これは確かに「戦勝国の都合のいい意見」と言われても仕方ないかもしれませんね。


「スイートラリアも出来るだけのことはしていて、例えばこの学校でもウィンディオンからの入学を受け入れてるの。ほら、魔法が使えないんじゃお勉強も出来ないでしょ?」


 そう言えばウィンディオン出身って言ってましたね。


「ウィンディオン出身の生徒は大体ディアトマーレ先生、あっ、さっきの人ね、あの人が受け持っていて、みんなブルーローズ寮に入るの」


 そーゆーの辞めた方がいいと思うんだけどねぇ、とハニー先生はため息を吐きました。


「ほら、同調意識って言うかさ、仲間内でだけで固まってるとさ、周囲の意見とか、自分とは違う考えを受け入れ難くなるじゃん?」


 そう言ってハニー先生は、紅茶を勢いよくガブリと飲み込みました。


「ブルーローズ寮はここ数年は全員ウィンディオンの出身でさ、寮長から寮生までみーんなウィンディオンなの」


「ということは、ブルーローズ寮はミニウィンディオンですね(まあ、地元が同じ奴の方が気はあうだろうな)」


「良くないと思わなーい?」


「わたくしには判断しかねますわ(別にそうは思わねーけど)」


「……ふぅん、まっ、いいや。話は以上です! はい、これっ」


 ハニー先生は軽く杖を振り、チョコレートを沢山出してくれました。


「わっ、こんなに沢山! ありがとうございますわ!(姐御太っ腹!)」


「食べ過ぎちゃダメだよ? 今日は新入生歓迎パーティーでご馳走だからねっ」


 わたくしはハニー先生にお礼を言って、ギャルの部屋こと寮長室を後にしました。

 ご馳走のことで、今日の喧騒など全て吹っ飛んでしまいました。

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