第7話 間引きスタート
ダンジョンの階段を下りていると、ふと懐かしい記憶が頭をよぎった。
ファミリーコンピュータと呼ばれる、私が生誕した頃のゲーム機に存在したゲームである。
狂王の試練場という名前だ。
プレイヤーは冒険者となりて、優秀なる魔術師に盗まれたアミュレットを、どうしようもないオイボレ狂王の命により奪還するのだ。
あのゲームには、モンスターを倒した際には経験値と僅かな金銭がドロップした。
それに加えて、罠のかかった宝箱までがランダムで出てくるのだが。
「藤堂君、一応聞いておくが、宝箱なんか落ちてないよな。狂王の試練場のように」
「意外と夢見がちですね、唯野さん。カンパチ(青物)が宝箱を持ち歩いているとでも? そんなものはありません」
まあ、ないよな。
馬鹿なことを聞いてしまった。
「ついでに言えば、ローグライクゲーム。いわゆる不思議のダンジョン的な要素は皆無です。アイテムは床に置いていません。壁も地面も変化しません。何度ダンジョンに入っても、同じ地図が通用します。それこそ、先ほど口にしていた狂王の試練場については知識がありますが、モンスターの遭遇だけが偶発的で。アイテムのドロップはモンスターの死骸だけと考えてください」
「……」
本当に夢も希望もないな。
ダンジョンをこの世に産み出した――産み出した?
のは誰か知らないが、仮に神として、そいつはつまらん奴だと思う。
私ならばもっと――ほら、何かさあ。
非現実性を出すとか、少年心の探求心をくすぐるのとか、賭博性に溢れているとか、そういうの。
宝箱とか、図鑑を出したくなる品種数とか、レアドロップとか。
色々と考えてしまうが、そのような場合ではない。
命の危険がかかっている。
「いよいよ、この長い階段を下りきればダンジョンか」
「ご心配なく。何度もいいますが、間引きで死ぬ間抜けはおりません。何の知識もなくダンジョンに入ったならば別ですが」
藤堂君の頼もしい返事を聞く。
そうであってほしい。
長い階段を終えて、地面に降り立つ。
地面は、土で出来た代物で、私が昔ゲームで見たワイヤーフレームにマルチウィンドウという状況ではない。
私の肉眼で視認が出来る範囲であり、地下でありながらも明るかった。
「何故、地下なのに明るい?」
「実直な方だと思いますが、妙な事ばかり気にかかって口にしますね。唯野さんは」
藤堂君は、少しだけ興味深そうにしながら説明する。
「あれです。ライフルやらショットガンやら、弓やらスリングが使えない理由について聞いたことは? 不思議な粒子が空中に存在していて、その光がダンジョン内を包みこんでいるんですよ。だから、ダンジョン内で明かりを持つ必要は基本的にありません」
思えば、近頃の創作系に出てくるダンジョンには不思議なものが多いですよね。
地下であるというのに、松明も持たずに探検するものが存在する。
別にそれはいいけれど、何かそれらしい説明はしろよ、役目でしょと。
――藤堂君のどうでもいい疑問はよいとして。
「藤堂君、敵だ」
「察知しています」
藤堂君は、バール『らしきもの』をトントンと肩で叩いた。
両手には、振動軽減にナックルガードが施されたグローブ。
私と同じものを装着している。
第一階層に出てくる敵の種別は聞いていた。
「アリだー! とでも口にしておきましょうか。懐ゲー大好きな唯野さんのために」
「君、ゲームに詳しいね」
「大好きな叔父が、昔のゲームを大好きだったんですよ。私はその遺産を受け継いでいます」
その叔父さんを紹介してもらいたいものだ。
きっと会話は弾むだろう。
そんなことを考えながらに、『アリ』を見つめる。
アリだ。
確かにアリであった。
「ええ……本当にアリなのか。実寸大の大きさを10倍した力を持つアリだと勝ち目ないぞ」
「まあ、足は遅いので大丈夫です。ちなみに、前任者はダンジョンアントと呼んでおりました」
「ああ、本当だ。遅い」
昆虫のアリを実寸大の能力に、十倍の大きさにして速度が変わらなければ、発狂寸前になったであろうが。
なんというか、動きが鈍い。
まるで実寸大の大きさが重荷になったようにして、ノロノロとしている。
「さあ、叩きましょう」
「え、この動きが鈍いアリを殴るのが間引きか?」
「そうですよ。一緒に汗を掻きましょう」
ええ……と思うが、実際にアリを、ダンジョンアントと呼ばれるそれを殴ってみる。
固い。
バールらしきものに、ジンとした固いものをひたすら力任せにぶん殴った衝撃が伝わる。
グローブがなければ、手から武器を取り零していただろう。
まあ、デカくても大きさ3センチのアリから十倍のサイズになったアリを殴っているのだから、さもありなん。
「先ほどの唯野さんの言葉を借りましょう。このアリを狩るのが、地下一階層における間引きです」
「ええ……」
これが間引き?
前任者が使っていた鉄板入りの安全靴や、レッグアーマーだのは?
そう疑問を口にするが。
「攻撃を受けた時の備えです。いや、このダンジョンアントに噛まれると、骨から肉が剥がされたりしますからね。普通に。鉄板に穴を空ける威力ですよ」
「そうか」
ちょっとダンジョンを舐めていたが、やっぱり現代ダンジョンじゃねえか畜生。
私はそう愚痴を吐き、次々とバールでアリを殴りつけていく。
手に、衝撃が伝わる。
これ実は結構な重労働ではないのか?
そう藤堂君を見ると。
「死ねえ! 汝、暗転入滅せよ! その身体、我が力の骨となり肉と成れ!!」
何かヤバイ台詞を口走りながら、一方的にアリを蹴散らしていく藤堂君の姿が映った。
いや、やっぱり安全靴もレッグアーマーもいらないよ。
多分。
そう思いつつも、私も同様にアリを蹴散らしていった。
これも経験値として、私の力の骨となり肉となるのだろう。
多分。
私はそんな事を考えながら、ただ作業に没頭することにした。
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