第5話 僕、アルバイトォォ!!
喫茶店でコーヒーを頼み、人を待つ。
やがて公務員の桐原さんが姿を現し、その背には三人ほどのブレザーにネクタイ姿の男子高校生が三人。
高校が終わった後に、そのまま来てくれたのであろう。
私は立ち上がり、軽い会釈などをした。
「唯野さん、紹介します。こちらが前任者と下層探索を行っていた冒険者パーティーの三人。見ての通り、三人とも高校生です」
ああ、見ての通りだな。
身長170 cmほどのひょろ長い、特に鍛えているとは思えない学生が二人。
まあ、ひょろ長いことに関しては食が細い私の言えたことではないが。
その中に、一人だけ突き抜けて頭の高い高校生が一人。
「藤堂平助です。よろしくお願いします。他の二人は――」
リーダー格と思わしき彼が挨拶をして、残り二人の名前もあがるが。
おそらく、オドオドした様子からは覚える価値のない名前なのだと思う。
私は自分の名前を名乗った後、何から言うべきかに少し迷ったが――
「藤堂君、と呼んでもよろしいか。早速だが聞きたいことがある。前任者の彼と一緒に下層探索を行っていたというが、それはどうしてかね? 間引きは第一・第二階層のモンスターを減少させるだけでも良いと私の知識にはあるが?」
知る限りではそうだ。
ダンジョンは定期的に間引きをしなければ、突如としてモンスターが氾濫する。
するが、実際のところモンスターが氾濫する事態が起きたなど、何もわからずダンジョンが登場したまま放置された初期も初期の頃である。
人々もやがて知識を蓄え、ここ数年ではそんな状況など起きていない。
「仰るとおりです。理由としては、貴方の前任者が下層探索を望んだことにあります」
藤堂君の凛とした声が、静かに喫茶店内に響いた。
学校で発表などのスピーチ経験を数多くこなしてきたのだろうか?
何か、喋りなれているといった感が彼にはあるな。
「原因は、間引きにおいて得られる収益があまりにも少ないことにあります。すぐに知ることになるでしょうが、第一・第二階層のモンスターを倒して得られる収益は8時間働いて3200円がいいところです」
「時給400円か」
安い。
コンビニでバイトしていた方がマシだな。
「毎日8時間肉体労働をこなすとしても、得られる収入は月10万に届きません。すぐ駄目になる装備などの経費も考えれば、下手しなくても食べていけません」
「だから下層探索を目指したと?」
「そうですね。もちろん、前任者の方も安全マージンはとりましたよ。ここにダンジョンが出現してから、半年ほどはね」
半年?
そう口にして、藤堂君のセリフに疑問を浮かべる。
「あのダンジョンが発生して、半年ということです。前任者はダンジョンで毎日間引きをすることでしっかりと体を鍛えて――なんといいますか。ダンジョンでモンスターを退治することで、身体能力が上がるということはご存じですか?」
「聞いたことはある」
要するに、レベルアップだ。
ステータス表なんてものは存在しないが――ダンジョンでモンスターを倒し、その血肉を食らうことで、身体能力を少しずつ向上できるらしい。
それは私も知識としてある。
らしいが、その限界を知らない。
ベーリング海でカニを取ることでレベルアップが出来ても、普通の人はやりたくないからだ。
「どこまで鍛えられる?」
「この僕が、陸上部よりも早く走れるぐらいにはなれましたね。県大会クラスにはなれたでしょう」
ブレザーに隠れて見えないが、藤堂君が特別鍛えているようには見えない。
見えないが、嘘を言っているようにも見えない。
「ただし、半年どころか三か月でレベルアップは頭打ちになったようです。どうも、浅い階層でのレベルアップはある程度で限界に達するようですね」
「ふむ」
その情報は知らなかった。
ダンジョンが登場して、もうすぐ10年になる。
そこら辺の情報など共有してしかるべきだと思うが、興味のない一般人だと知らないな。
ちらりと、桐原さんを見る。
「ご安心ください。民間でダンジョンを管理することになった方々には、国の方でマニュアルを配布することになっております。先ほど藤堂君が話した内容も、そのマニュアルにはまとめられていますよ」
ならばよい。
貰ったあとに、じっくりと読むことにしよう。
「さて、話の続きだ。浅い階層でレベルアップを行い、いよいよ頭打ちになったのを確認してから前任者は生活向上のために深い下層に挑み、そこでカンパチに襲われて死んだ。これが事実かね」
「僕の知る限りではそうです。どこからか不意の一撃をくらって、あえなく内臓破裂を……病院には担ぎ込んだんですが」
悲惨な話だ。
他人事ではないから、余計にそう思う。
さて、と。
前任者が死亡した経緯は聞けたし、得られた知識もあった。
本来なら、ここで前任者と同じく彼らを勧誘するところだが――
「単刀直入に聞こうか、君らは高校生にも関わらず『冒険者』をやっていた。それは何故かね?」
「学校でのイジメに立ち向かう為ですね」
はて?
藤堂君を見る。
とても虐められそうな人間には見えない。
「ああ、もちろん僕の話ではありません。横にいる二人の話です。僕たちの通う高校で、彼らは酷いいじめを受けていまして。僕も生徒会長として何度か庇っていたのですが、恥ずかしながら助けの手が届かないところもありました」
なんとなくわかる。
初めて会った時から、名前を覚える価値が感じられないほどに。
どこか二人からは陰キャの気配が感じられる。
「荒療治というわけではないのですが……要するに、弱いから虐められるんだ。強ければ虐められないだろうと。そうするにはダンジョンで間引きをこなして体を鍛えるのがいいだろうと」
二人をダンジョンで鍛えようとして、その付き添いで藤堂君も冒険者として参加していたのだと。
ダンジョン管理の前任者である私の親戚に頼んで、小遣い銭にも満たない額でアルバイトをしていたのだと。
信じられない目で二人を見る。
「……確かに、生徒会長のいうようにイジメ問題は解決しました」
「ダンジョンで死ぬ可能性を考えると、同級生による虐めなんか怖くもありませんし」
そりゃそうだ。
ベーリング海でカニを取るに等しい経験を積んだ彼らが、高校で同級生からのイジメに負けるわけがない。
ダンジョンで鍛えた身体能力があれば、圧倒することもできるだろう。
だが、その、なんだ。
もっと何かスマートな方法があったろうに。
普通にジムにでも行って身体を鍛えたらいいだろうが。
「誤解がないように言っておきますが、生徒会長には感謝しています」
「もう一度やれと言われても、絶対に嫌ですが」
そうか、なら何も言えない。
藤堂君は、何の意味か親指をぐっと立てている。
グッジョブじゃねえよ馬鹿。
……なにはともあれだ。
「つまり、君らがダンジョンに冒険者として参加していた理由は、もう消滅しているというわけか。冒険者をやるのもここまでだな」
高校生三人を眺める。
元イジメ被害者の高校生二人は、こくりと頷いた。
まあ、理由がない上で前任者がカンパチに轢かれて死んだ職場でこれ以上働くのは嫌だろう。
コンビニのバイトより時給が安いし。
未成年者を雇用すると言うのも心苦しいし、彼らは雇用できない。
「え、僕は続けますよ。是非やらせてくださいよ。土日と放課後のバイトだけになりますけど」
藤堂君は、目がキラキラとしながら私を見ている。
やる気満々だった。
「ええ……なんでよ」
君が冒険者をやる理由など、すでに消滅しているだろうに。
ていうか、話を聞いていたらコイツ少し頭がおかしいぞ。
普通の人は、いじめ問題解決のために虐められっ子を蟹工船に放り込んで鍛えたりしないからな!
「もちろん、強くなっていくのが楽しいからです! 両親からもちゃんと許可をもらっていますよ! もうお前を止めるのは諦めたと!!」
藤堂君は、なんかキラキラとした目で私に訴えた。
私はなんか、コイツは明確に危ない奴だと気づいてしまったが――現在の状況を鑑みれば、背に腹は代えられなかった。
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