第4話 生存戦略


 亡くなった前任者の家に入り、息を吐く。

 生活用品はそのまま残されているので、贅沢を言わなければ住むこともできるだろう。

 とにかく今日は疲れたのだが、やらねばならないことがある。

 生存戦略だ。 

 

「さて、どうしようか」


 弱音を吐きそうになるが、そんな場合でもあるまい。

 まず、私の身辺整理だった。

 幸いとして独身であり、また天涯孤独の身の上――残念ながら、地雷中の地雷であるダンジョン所有者の親族一人ばかりはいたようであるが。

 少なくとも、もう私には死んだところで悲しむものはいない。

 会社には仕事の穴を空けて申し訳ないが、サラリーマン稼業はこのまま有給をすべて使い切って退職という形になるだろう。

 元々住んでいたアパートは解約をすればよく、荷物は大したものを所持していない。

 こちらの家に運ぶなり、粗大ごみに捨てるなりしてしまえばよい。

 考える。

 買っておいた缶コーヒーを飲みながら、とんとん、と指でテーブルを叩く。

 しばらくは乗り切れるだろうと思う。

 この痩せっぽちの中年男性ですら、少なくとも無理さえしなければ生き残れる見込みがある。

 

 ポケットから取り出したスマホで『現代ダンジョン 死亡率』を検索する。

 ざっと出てきた内容では『ベーリング海でカニ漁をするよりも死亡率は高いよ!』という情報であったが。

 さて、そうはいわれつつも、自衛隊がダンジョンで殉職した例となると、あまり聞かぬ。

 情報が制限されているのかもしれないが、鍛えられた人間がチームを組んで安全マージンを保てば、そう死なないということだ。

 つまり、私がやるべきことは――独り言をつぶやきながら、思考を続ける。


「要するに、人を集めることではないか……?」


 結論から言えば、そういうことになる。

 死にたくないのだ。

 だから、代わりに死んでくれる人を何処からか連れてこようと。

 酷い事を考えるなという意見もあがるかもしれないが、命の危険を覚悟で働いている漁師さんやら、借金を背負って船に乗せられて、蟹が取れた後は最後に海に突き落とされて殺される人やら。

 そんな苦労話を元にカニ漁は行われており、そうして運ばれたカニを一般人が美味しく食べているのが社会の現状である。

 本人の同意さえあれば、死ぬようなところに連れてきても何も問題はない。

 つまりだ。

 ダンジョンにおける自衛隊の殉職率の低さと、カニ漁を参考にするとだ。


「死にそうもない強力な人間を集めるか、死んでも構わない覚悟がある人間をたくさん集める?」


 あるいはその両方である。

 ……問題は、そんなものをどうやって集めるかということだ。

 これは難問である。

 PCが置かれている部屋からPPC用紙を一枚拝借し、ボールペンでメモを取る。


 ストレートな問題解決策

 ①強力な仲間を集める

 ②死んでも問題ない人間を集める

 ③上記二つが満たされれば、私はダンジョンを管理するだけでよい


 書いていて馬鹿馬鹿しい。

 このようなことが簡単にできれば、現代ダンジョン問題など起きてはいない。

 他に思いつくこと。

 現在の資産状況を考えれば、さしあたって生活は苦しくならないだろう。

 問題は出費だった。

 玄関には、桐原さんから紹介されて購入した武器や防具が転がっている。

 全長1mほどの『バールのようなもの』。

 バイク用のフルアーマードボディジャケット。

 超接近戦用の軽量手斧。

 もっと強力な武器防具をと頼んだが、現状で一階層の間引きのみを目的とするならば。

 そこまでの武器は必要ないとの見積もりであった。

 これもメモをする。


 ④間引きそのものを考えれば、強力な武器防具は必要ない

 ⑤但し、十分な安全マージンともいえない。

 ⑥前任者は同武装で数名による下層へのダンジョンアタックを行い、死亡している


 他に、何か。 

 ……①から⑥までを突き合わせて、少し驚いた事実と若干の疑問が。


 ⑦前任者は人をしっかり雇用出来ていた?

 ⑧何故、前任者は下層への探索などを行った?

 

 ⑦に関しては、前任者が雇用していた人間を私も雇用できないか?

 桐原さんに聞いてみることにする。

 ⑧だ、自分なりの安全マージンはとったつもりだろうがカンパチ(青物)の一撃で殺されている。

 一階層の間引きを行うだけならば、そこまでの危険はないと聞いている。

 だが、実際には下層探索を行った結果として死亡した。


「……前任者には、下層探索を行うにあたって何らかの事情があった?」


 少なくとも間引きではない。

 何か、やらねばならないことがあったからこそに、前任者は下層へのダンジョンアタックを挑んだ。

 そうして死亡した。

 桐原さんに聞いてもよいかもしれないが、多分知らないだろう。

 それこそ、彼が雇用していた人たち――世間ではダンジョン管理者でもないのに、ダンジョンに潜る人々を『冒険者』と呼ぶらしい。

 その同行していた冒険者に話を聞いた方が早いだろう。

 ――当初、やるべきことをまとめる。


 ⑨前任者が雇用していた冒険者に事情を聞く

 ⑩可能であれば、雇用を結ぶ


 この二つが、まずは私が生き残るためにやるべきこと。

 夜分申し訳ないが、私は桐原さんから教えられたメールアドレスにメールを送る。

 私がベッドに潜り、就寝する寸前に返信は行われた。


『承りました。死亡時に立ち会った『冒険者』の方々と合わせることはできます。――ただし、私は彼らの雇用には賛成しかねます。彼らは高校生で、まだ未成年者ですから』


 メールの内容は、私に困惑しかもたらさなかった。

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