9、仕事の成果(1)

「……しっかし、お前は大した働き者だな」


 そんなケネスの一言に、セリアは思わずの含み笑いだった。


「ふふ。なんだか不思議ですね。閣下がそうおっしゃると、何故だか皮肉のように聞こえます」


「褒めているのだから素直に受けとっておけ。まさか、わずかに20日でこれとはな」


 そうして、彼は周囲をぐるりと見渡したのだった。

 

 ここは王都における政務用の屋敷の1つだった。

 そこの一部屋をセリアは仕事用にと貰い受けたのだが、当初の小綺麗な様子はもはやどこにも無い。


 床も棚も関係なく、うず高く積もれた書類の山々。

 これは20日間、仕事に没頭してきた証だった。

 読み解かれ、把握されるに至った契約書の数々である。


 そして、これらが成果だった。

 セリアは現在、椅子に着いて机に向かっているのだが、その机上である。

 50枚ばかりの書類がきちんと角をそろえられて積まれている。


 セリアの隣に立つケネスは、整理された書類の一枚をひょいとつまんできた。


「まーた几帳面に書かれているが……契約周りは恐ろしく整理されてきたようだな」


 セリアはもちろんと笑顔で頷く。


「はい。調達すべき必要な品目と量を調べ上げた上で、必要な契約を新たに結んだ格好ですね」


「ふーむ。言うは易しの雰囲気しかないな。かなり苦労はしたろ?」


 理解ある一言にセリアは思わずの笑顔だった。


「それはもう。商人の方たちの反発が相当で」


「反発か。だろうな。当時の相場で契約して、それで儲けが生じていた連中はな」


 ここでも、よく分かっていらっしゃるだった。

 セリアはしみじみとして頷くことに。


「はい。当時の高級品も、今では廉価れんかの普及品といった代物をおろしていた方々はですねー。廉価な代物を卸して、高級品であった時の代価を得ていたわけですから」


「それは俺でも嘆くな。しかし、反発ばかりだったか? その逆のパターンもあるだろ?」


 セリアは苦笑を浮かべることになる。

 妥当な推測であるものの、それはかなり楽観的な意見でもあった。


「そうですね。現在では高価になったものを卸しているのに、代価は過去の価格……安かった時と同じという例もありましたから。改訂かいていは嬉しかったと思います。ただ」


「ただ?」


「……積年の恨みと言いますか。王家の権威の前に、泣く泣く赤字を受け入れてこられたわけで」


「あー、うん。そうだな、それは恨む。で、お前はどうしたんだ? 反発もあり、恨みも相当だったろうが、内務卿閣下のご命令で押し通したか?」


 まさかだった。

 セリアは首を左右にしてみせる。


「頭を下げた上で、お金に物を言わせることにしました。補償であり、慰謝料である感じです」


「その原資は?」


「今回の見直しで、出費が2割ほど削減出来そうなので。その削減分でなんとかと考えていますが……」


 セリアは言い淀み、ケネスの表情をうかがうことになった。


 わずかに不安がよぎったのだ。

 由緒正しい貴族には、商人を金儲けに腐心ふしんするいやしい輩とさげすむ向きがある。

 空いた出費を商人になど費やすとは何事か。

 そんな言葉が頭に浮かびもした。

 しかし、


遺恨いこんは残さないに越したことは無いからな。良い考えだ。好きにやってくれ」


 ケネスは淡々として頷きを見せてきた。

 セリアはホッと笑みを浮かべる。


「さすがは閣下。そうおっしゃって下さると思っていました」


「他に何をおっしゃればいいのか分からんがな」


「ははは。本当、閣下らしいですが……あの、これを」

 

 セリアは表情をひきしめた上で、一枚の羊皮紙を差し出した。

 これも成果のひとつだ。

 ただ、笑顔では語るのがためらわれる成果であった。

 ケネスは首をかしげて、羊皮紙に手を伸ばしてきた。

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