8、【ヨカ視点】幸せのはじまり
セリアの妹──ヨカは屋敷の自室にて静かにほくそ笑んでいた。
(……ふふ。やっぱり、上手くいったわね)
椅子に深く腰を下ろしながらに、「ふふふ」と声としても笑い声を漏らす。
喜ばしいことだった。
ヤルス伯爵家があるべき姿に戻った。
そんな喜びがヨカにはあった。
全ては
優秀な姉などという欺瞞。
そんなはずは無かった。
誉れあるヤルス伯爵家の娘でありながらに、姉は情けなくも金に浅ましくあり続けた。
一方の自分は違う。
ヤルス伯爵家の娘として、茶会では笑顔をふりまき、夜会では優れた教養を披露してきた。
そう、これこそがあるべき姿だった。
姉は無能として伯爵家から追放された。
そして、彼女にとって分不相応な婚約者であったクワイフは、自身の婚約者に収まった。
「……本当にね。ふふ、ふふふふふ」
笑い声は止まらなかった。
ただ、ヨカはすぐに声を収めることになる。
自室の扉がコンコンと来訪者を告げてきたのだ。
「なに? 開いているからどうぞ」
すると、扉は静かに開かれた。
馴染みの執事が
「お休みのところ申し訳ありません」
「ふふふ、別に良いわよ。それで? 用事は何?」
「投資先や
あぁ、とヨカは思い出した。
そう言えばだった。
両親が姉の商才を評価するのであればと、その才は自身にあるようにしてあったのだ。
よっての執事の言葉に違いなかった。
ヨカは内心でしかめ面をする。
(ちょっと面倒なことになったわね)
ヨカは手紙になどさっぱり興味は持てなかった。
もちろん、返事を書くつもりなど欠片も無い。
ヤルス伯爵家の娘として、金儲けなどと浅ましい行為に手を染めるつもりは毛頭無いのだ。
(あ、そうだ)
不意に名案が頭に浮かんだ。
ヨカは執事ににこりとほほ笑みを向ける。
「その手紙ね、貴方が返事をしておいてちょうだい」
「わ、私がですか?」
「適当でいいの。じゃあ任せたわよ。次からもお願いね」
金儲けなど、あの姉でも出来たことなのだ。
誰でも出来ることであり、それが執事でも問題は無いはずだった。
戸惑いながらに執事が退室すると、ヨカは満足の笑みを浮かべる。
(これで問題は片付いたわね)
手紙に頭をわずらわせる必要はこれで無くなったのだった。
しかし、だ。
再びドアが鳴り、ヨカは眉をひそめることになる。
(全部任せるって言ったのに)
また執事が訪れてきたと思ったのだった。
「はいはい。開いてるってば」
告げると、すぐにだ。
扉が開く。
早速怒鳴りつけてやろうかと思った。
しかし、ヨカは慌てて腰を上げることになった。
「く、クワイフ様っ!?」
訪れてきたのはヨカの婚約者だったのだ。
彼は心配そうにヨカの表情をうかがってくる。
「どうしたんだい? どこか不機嫌そうな声に聞こえたが」
もちろんのこと、愛すべき婚約者の来訪となればそんな感情は綺麗に消え去った。
ヨカは満面の笑みでクワイフに歩み寄る。
「そんな、不機嫌なんてとんでもありません。どうされました? 私に会いに来て下さったのですか?」
期待して問いかける。
クワイフは優しい笑みをヨカに見せてきた。
「あぁ、もちろんだよ。君の顔が脳裏に浮かべば、ここに足を向けざるを得なかったんだ」
ヨカは顔を赤らめてほほ笑むことになった。
「嬉しい……愛してますわ、クワイフ様」
「あぁ。私もだよ、ヨカ。それでなんだが、1つ提案があるんだ。聞いてもらってもいいかい?」
ヨカは小首をかしげることになった。
「提案ですか?」
「友人たちにすぐにでも素敵な婚約者の姿を見せてやりたくってね。婚礼の前祝いに、祝宴の席を設けたいんだ」
クワイフは優しくほほ笑んでいる。
その笑顔から、ヨカは目を離せない。
(……あぁ。なんて幸せなんでしょうか)
こんなにも自分を大事にして誇りに思ってくれる人が自身の婚約者なのだ。
返答はもちろん頷きを伴うものだった。
「はい! 是非その席を設けましょう!」
「よし、決まりだね。食事も君の披露にふさわしいものにしたいけど、大丈夫かな?」
「もちろん! お金の心配なんて必要ありませんから!」
心配など何も無かった。
執事にまかせていれば、やはりあの姉でも出来たことである。
お金など適当に稼げるに決まっているのだ。
クワイフは笑みで頷きを見せてくる。
「そうだね。私には才能溢れる君がいるんだ。あぁ、なんて素晴らしい人と僕は結ばれることが出来るんだろうか」
彼が腕を広げると、ヨカはためらいなくその胸に飛び込んだ。
幸せだった。
そして、この幸せはこれからもずっと続くはずだった。
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