7、冗談
「……えー、妻として……ですか?」
戸惑いながらに尋ねかける。
ケネスは何でもないように頷きを見せた。
「俺は未婚だからな。妻であれば、
その真顔での問いかけに、セリアはしばし目を丸くし……次いで、思わず吹き出すことになった。
「ふ、ふふ、ははは! ……か、閣下? 妙な気づかいで妙な冗談ですね?」
「ふーむ。気づかいで冗談か?」
「なごませて下さろうと思われたのでしょうが、私を妻にだなんて。ご一門に知られたら、冗談でも怒られますよ?」
貴族にとって、婚姻の持つ意味は
ユーガルド公爵家となれば、妻に求められる家格も相当なものに違いなかった。
身分も何も無いセリアなどは言語道断だ。
妻になどと、冗談以外の何物でもありえない。
そうか、つまらん冗談だったな。
その程度の反応が返ってくるかとセリアは思った。
ただ、実際に返ってきたのは沈黙の末の妙な呟きだった。
「……まぁ、
「へ?」
「気にして欲しいが気にするな。では、仕方ない。
妙な呟きは気になったが、今後の生活こそが気がかりなのだ。
前のめりに問いかける。
「じ、次善策? 何かこう、冗談ではない提案がおありで?」
「俺は冗談など口にしたことは無いと一応言っておくが、うむ。そういうことだ。勧誘してやる。俺の下で働くといい」
俺の下で。
その意味が正確につかめず、セリアは首をかしげて見せることになった。
「それはあの……お屋敷で侍女としてということですか?」
「お前、そんな家事出来たか?」
「い、いきなり失礼ですね! そりゃあの、人並みにはも……もちろん?」
「語るに落ちてくれてけっこうだ。お前に家事なぞ期待はしとらん。内務卿の部下として働けと言っているのだ」
セリアは疑問の姿勢を崩すことは出来なかった。
「内務卿の部下? それはあの、具体的には何をしろと?」
「お前、内務卿がどんな役職か知っているか?」
「えーと、内政を任せられている程度のざっくりとした感じで」
「ふむ。内政と言えば聞こえは良いな。実際は、便利屋であり雑用係だ。王都の警備から街道の整備、王宮における物品の調達まで何でもござれだが……お前に任せたいのは最後だな」
セリアは驚きに目を見張ることになった。
「王宮での物品の調達の管理ですか? そ、そんな大仕事を私に?」
規模としては、セリアが手掛けてきた商売と比べものにならないはずだった。
なにせ王宮だ。
常時、100人の単位で人が働いており、式典などがあれば1000人を超える人が動く。
さらには、安物などを扱うはずが無い。
動く金額は目がくらむようなものであるに違いなかった。
(わ、私が関わっていいことじゃないような……)
あるいは今回も冗談かと思ったが、そうでは無いらしい。
ケネスはしかつめらしく頷きを見せる。
「あぁ、お前に任せたい。ただ、管理と言うよりは見直しと言うのが適切だが」
「見直しですか?」
「なまじ、このシェリナは大国であり裕福だからな。どんぶり勘定でやれてきたと言うか、やれてきてしまったと言うべきか。まぁ、うん。すごいぞ?」
「す、すごいですか?」
「もはや、よく分からん。多くの商人と調達の契約を結んでいるのだが、大量のよく分からんものが適正かもよく分からん金額で次々と入ってくる」
ケネスはうんざりと表情を歪めた。
「手をつけるべきだとは分かっているのだがな。ただ、契約書の数が膨大であり、さらには市場における適正価格が分かる人材もおらん」
「そこであの、私ですか?」
「お前であれば分かるだろう? 全権を与えてやるから、好きにビシバシやってくれてかまわない。どうだ? 金はもちろん、住む場所も用意する。引き受けてくれる気はないか?」
咄嗟には頷けなかった。
長年とは言えないが商売に携わってきたのだ。
なんともなしにだが状況は理解は出来た。
きっと、化石のような契約書が
ただ、これもまた商売に携わってきたからこそだった。
今まで数字ですら見たことが無いような金額を相手に出来る。
ケネスからの誘いということもあるのだ。
正直、心が浮き立つところは少なくなかった。
「……やります。私にやらせて下さい」
ケネスはしかめ面にわずかにほほ笑みを浮かべた。
「良い顔をしている。さすがは名うての女投資家殿だな」
「経験がどれほど活かせるかは分かりませんけどね。ただ、数字は好きですし得意ですから。人脈に自信はありますし、絶対に閣下のお役に立ってみせます」
「ははは、いいぞ。いよいよお前らしくはなってきたが……しかしまぁ、バカ共のバカっぽさが目立つな」
唐突な呆れの表情だった。
セリアは「はて?」と首をかしげる。
「あの、いきなりどうされました? バカ共?」
「お前の家族と婚約者共に決まっているだろうが。ヤルス家の
褒めてもらえたことは素直に嬉しかった。
ただ、後半についてはさすがに苦笑を返すしかない。
「い、いえ、さすがにそのようなことは無いと思いますが」
「そうか? まぁ、それはおいおい分かることとしてだ。これで契約成立だ。よろしく頼むぞ」
無造作にケネスは手を差し出してくる。
さぁて、だった。
先ほどまでの陰鬱な心地など、今の胸中にはどこにも無い。
(面白くなってきたぞ)
セリアは満面の笑みでケネスと握手を交わすのだった。
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