6、提案

「ありがとうございます。でも、正直家に戻ろうって気持ちにはなれませんから」


 あそこまで邪険じゃけんにされてしまったのだ。


 例え戻れたとして、そこに居場所はあるのか?

 そこに居場所を求めたいと思えるのか?

 

 さすがに否であった。

 ケネスは納得の表情で頷きを見せた。


「まぁ、それが妥当だろう。色情しきじょうに狂って功労者を貶めようとするバカに、その口車に容易く引っかかるバカ共の巣窟そうくつとなればな。お前が戻ってやる価値など無いだろうさ」


 罵倒としては、なかなかの過激さだった。 

 セリアは思わず苦笑を浮かべる。


「本当、この公爵様は。相変わらず口が悪いですねぇ」


「自覚はあるが、今回に限っては俺に非は無い。全てはとんちんかんなお前のバカ家族が悪い」


「あははは、だから口が悪いですって。でも……ありがとうございます」


 セリアは深々と頭を下げた。

 全面的に肯定してもらえたことが何よりも嬉しかったのだ。

 

 ケネスは仏頂面で頷きを見せてきた。


「そうか。喜んでもらえて何よりだが、それよりもだぞ? だったらお前、これからどうするんだ?」


 そこはなんとも難しいところだった。

 セリアは今日何度目か分からずの苦笑である。


「ですよね。これからなぁ……」


 考える気力も無かったが、まさにそこが大問題であった。

 身分も失えば住む家も無い。

 それが自らの現状なのだ。


「……そうですね。一応実績はありますし、どこかの商家で雇っていただけないでしょうか?」


 多少頭を働かせての一案がこれだった。

 人脈にはかなりのところ自信はある。

 手当たり次第に当たれば、住まいと働き先を見つけることはそう難しい話では無いように思えたのだ。


「まぁ、そうだな」


 そして、頭が働かないわりには妥当な案であったらしい。

 ケネスが見せてきたのは納得の頷きだ。


「お前の実績があれば、どこの商家であっても喜んで迎え入れるだろう。ただ……多少、思案が足らないような気はしないこともないが」


 妙な含みがあった。

 セリアは首をかしげることになる。


「えーと、思案ですか?」


「お前はヤルス家では商才なんてさっぱりの放蕩ほうとう娘になっているのだろう? そして、お前の妹はお前にそうであってもらわないと困るわけだ」


 これで察することが出来たのだった。

 思わず「あ」と声を上げることになる。


「……裏から手を回されてますかね?」


「お前に実力を示す機会を与えたくは無いだろうな」


「あー」


「まぁ、バカの考えることは分からん。商売なんぞ誰でも出来ると思って無策でいる可能性もあり得るが」


 セリアは眉をひそめて腕組みをする。

 難しいところだった。

 妹であるヨカから、セリアは一度として称賛の言葉を聞いたことは無かった。

 

 商売が……この場合はほとんど投資だが、それがどれだけ大変であるかを彼女は理解していない可能性は大いにある。

 ただ、ケネスの話した通りだ。

 ヨカは自身に反撃の機会を与えたくはないはずなのだ。


(……止めといた方が良いかなぁ?)


 仮に裏から手が回っていなかったとしても、後からということも考えられた。

 その時には、自分を拾ってくれた商家に大きな迷惑をかけることになるだろう。


 はぁ、だった。

 

 再びよみがえってきた憂鬱さに、セリアはどうしようもなくため息を吐くしかなかった。


「しかし、お前もなかなか水くさいな」


 ため息は一時中断だった。

 ケネスの妙な発言にセリアは思わず首をかしげた。


「あの、なんでしょうか? 水くさい?」


「お前な、目の前の男が何者か覚えているのか? 公爵様だぞ? 呆れるほどに広い屋敷を持って、空き部屋なんぞ数え切れんほどにあるんだぞ?」


 セリアは目を丸くすることになった。

 どうやらだ。

 彼は屋敷で面倒を見てやると言ってくれているようだった。


(……優しいなぁ)


 少し涙が出そうになるのだった。

 家族に裏切られた心に、友人の優しさが暖かく染み込むようだった。


 しかし、素直に頷くのは難しかった。

 セリアは笑みのままに首を左右にする。


「ありがとうございます。ただ、それはご遠慮させていただきます」


「は? 遠慮だと?」


「はい。ケネス様に変な噂が立っても嫌ですから」


 ケネスは傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いで敵も多い。

 婚約者でも無い女を屋敷に泊まらせたとなると、それだけで何を言われるか分からなかった。


「……なるほど。俺の評判を気にしているのか?」


 お察しの通りであり、セリアは頷いて同意する。


「差し出がましいようですが、その通りです」


「確かに、好色公爵など妙なことを言い立てる輩は出てくるかもしれんな。ふむ。だったら、そう言えないようにしてやればいい話ではあるが」


 セリアは思わず眉をひそめることになった。


「か、閣下? 何か物騒な響きがあると言いますか、あの、脅迫などされるつもりで? まさか実力行使を?」


「さすがに、俺もそこまで自由人じゃ無い。簡単な話だ。お前が妻として屋敷に来ればいい。これで妙な噂話など立つまい?」


 にわかに理解しかねた。

 セリアは首をかしげてケネスを見つめることになる。

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