5、再会(3)

「……ふふ。はは、あはは……! な、なんですか、それ? そんな物言いってあります?」


 ケネスは仏頂面で首をかしげてきた。


「無しだと思うか?」


「ふふふ、そりゃ無しですよ。歯にきぬ着せぬと言いますか、偉そうと言いますか、無駄に反感を買いそうと言いますか……本当、ちっともお変わりじゃありませんね」


 セリアは笑顔で学院生活を懐かしむとになった。

 浮き世離れした彼には、多分たぶんにこのような一面があったのだ。

 上流貴族にありがちな、迂遠うえんなふるまいはまったくの皆無。

 常に自由かつ率直。

 無愛想な態度もあいまって、学院でのケネスへの評価はおおむね傲慢ごうまんの一色であったものだが、

 

(本当は違うんだけどね)


 そう心中で呟き、セリアは軽く首を左右にする。

 回想は楽しくも、今はこれまでということだ。

 現実に意識を戻す。

 今は法務卿となったケネスは、「ふむ」と無表情にあごをさすった。

 

「まぁ、うむ。それはお前もだがな。ユーガルド公爵閣下に対して、偉そうなとはなかなかの物言いだぞ?」


「ははは、それは仕方ありません。だって、ケネス様なんですから。しかし、大丈夫ですか? 文官の方々に嫌われていたりは?」


 少し心配になり尋ねる。

 彼は心外だと言わんばかりに肩をすくめた。


「まーた不躾ぶしつけな物言いだな。心配するな。むしろ働き過ぎだといさめられているぐらいでな。だからこそ、こんな振る舞いも許されるわけだ」


 とのことであったが、はたして事実なのか。

 セリアは眉をひそめて問いかけることになる。


「あの、本当ですか? 本当に許されてますか? 陰で悪口を言われていたりはしませんか?」


「疑うな。本当以外の何物でも無いが……しかし、俺のことはいいだろ。お前だよ、お前。せっかく人払いをして時間も作ってやったんだ。もったいぶらずにさっさと言え」


 セリアは疑いの表情を消すことになった。

 代わりに、苦笑を頬に浮かべることになる。


(この人って、本当損してるよなぁ)


 偏屈かつ傲慢で無愛想な男。

 そんな周囲の評価とは裏腹に、実はこうして気づかいの人なのだ。

 内務卿などを任されていることからして、しかるべきところからはしかるべき評価をされているのだろう。

 だがやはり、その辺りはもったいないようにセリアには思えて仕方がなかった。


 ともあれ、こうも気づかいをされてしまったのだ。

 無下むげにはしにくかった。

 数秒悩み、そして決心。

 引き続きの苦笑と共に口を開く。


「それでは、お言葉に甘えさせていただきますが……あの、どうか笑わないようにお願いしますね?」


「なんだ? それは俺に大笑いをさせられる自信がある話なのか?」


「えーと、あるいはそうなるかもです。もちろん私事わたくしごとなのですが……婚約をですね、破棄されてしまいまして」


 言葉にすると、やはり情けない。

 セリアは苦笑を深めることになり、一方でケネスだ。

 彼は真顔で首をかしげてきた。


「……は? 婚約を破棄?」


「はい。それで家を追い出されることにも」


「追い出された? お前がか?」


「それはもちろん」


 これで打ち明けることは打ち明けたが、とりあえず笑いは生まれなかった。

 ケネスは「ふむ」と一言。

 その上で大きく腕組みをし、さらに「ふーむ」だった。


「とりあえずだが良いか?」


「よくわかりませんが、どうぞ」


「教えて欲しいのだがな、今の話に笑える要素がどこにあった?」


 セリアは苦笑のままで頬をかく。


「それは、はい。だって情けない話じゃないですか?」


「情けないも何も意味が分からん。どうしてそうなった? ヤルス家を立て直した女丈夫おんなじょうぶが何故そんな目にあわされている?」


 あまり思い出したくは無いことだった。

 だが、ここまで打ち明けたのだ。

 セリアは観念して口を開く。


「多分ですけど、私の婚約者に妹が恋しちゃったみたいなんです」


「ふむ? まさかだが、それでお前を追い出そうってなったのか?」


 相変わらず賢明な人でもあった。

 セリアは苦笑を濃くして頷く。


「そうみたいです。私のやってきたことは全部あの子がしてきたことってなりまして、私は今まで遊び呆けていたことになったみたいで」


「それで婚約破棄に勘当かんどうか? おい、なんだ? そんな与太話よたばなしを、お前の両親と婚約者は本当に信じたのか?」


「みたいです。両親はあの子のことを溺愛していましたから。婚約者殿は……そうですね。日頃会うことの無い私よりもあの子の方が良かったんでしょうねぇ」


 そう答え、セリアは思わず「はは」と笑ってしまった。

 滑稽に思えたのだ。

 家のためにと努力してきたのだが、そのことは誰にも響いていなかったのだ。

 なんら評価をされてこなかったのだ。

 

 ただただ、情けない笑い話と思えた。

 しかし、ケネスにとっては違うのか。

 彼には笑みは無い。

 ただただ嘆かわしげであり、眉間にはシワが深い谷を作っている。


「……何と言うべきか、いや、言わぬべきか。あまりお前の身内についてこういうことは言いたくないが……なんだ? お前の家族にはバカしかいないのか?」


 同意はしにくかったが、正直嬉しかった。

 セリアは小さく笑みを浮かべる。


「ははは。まぁ、私もその一員なんですけどね」


「安心しとけ。お前がその例外であることは俺が保証してやる。で、どうする?」


「え?」


「俺はユーガルド公爵にして内務卿閣下だ。俺が怒鳴りつけてやれば、お前の家族も心変わりするとは思うが」


 彼は真実その気らしい。

 真剣そのものの眼差しをして返答を待っている。


 セリアは自然と笑みを深めていた。

 やはりである。

 やはり彼は優しかった。

 その気づかいは、涙が出るほどにありがたかった。

 嬉しかった。


 ただ、頷けるものかと言えば、それは違う。

 セリアは彼に首を左右にして見せた。

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