三章 Omnia vanitas 2.
「…………ああクソ。クソ! わかった、わぁーったよ! 着いてけばいいんだろ!」
「それこそカノシタ君よ。あ、これ持ってて。防弾仕様だから盾にはなるからさぁ」
そんな言葉を信用したわけではないが、カノシタは立った。ノアはキャリーケースをカノシタに持たせ、ライフルを構えながら進む。
個室を出れば細長い廊下だ。直線と直角で成り立つ戦場はアサルトライフルで狙い撃つには容易い距離であり、撃ち抜くには容易な距離でもあった。例えボディアーマーを着ようとも、この近い距離と弾頭では意味がなかった。
「はいはい雑魚雑魚。安物ボディアーマー着てショットガンとサブマシンガン持たせとけばなんとかなると思ったのかな? それが低脳なんだよねぇ。5.56ミリでも充分なんだよねぇ。頭ブチ抜けば死ぬんだよねぇ!」
「不吉なこと言ってないでなんとかしろよ!」
「なんとかしてるってば!」
遮蔽物に隠れながら敵を撃ち抜くノアは叫ぶ。しかし焦りはない。いつものことだ。これはいつものことなのだ。仕事をこなしているだけなのだ。故に心配は要らない。ただ敵を屠ればいい。
弾切れのタイミングで男が飛び出してきた。交換は間に合わない。日本刀を振り上げた男の鳩尾を、アサルトライフルを槍の如く扱って突いた。拳銃に持ち替え、動きが止まった男の胸と頭を撃つ。アサルトライフルのマガジンを交換。
廊下に潜伏していた敵を悉く殺し、先に進む。ライフルを構えるノアと、キャリーケースを引きながら後ろに続くカノシタ。なんとも妙な絵面だった。
廊下を進み、下に降りた二人。
大広間に出て、カノシタは言葉を無くした。
客の姿はなく、銃を持った男達が待ち構えていた。
「降伏して文書を渡せば命は助けてやろう。だが、拒否すればどうなるかわかってるな?」
リーダーと思わしきタトゥーを入れた男が、AKアサルトライフルを持って詰め寄る。
「選べ。死ぬか、生きるか」
「なに言ってんの?」
吐き捨てるように。
貶すように。
ノアは睨んで続けた。
「死ぬのはアンタ達だし、ノア達は生きる。それにさ、文書がどんな物か知ってるの?」
男達は黙る。カノシタも文書の内容は知らない。
「アンタ達みたいな三流ヤクザは持ってても意味がないの。交渉の材料にすらできない。宝の持ち腐れってこと。死にかけのクズが何の矜持も持たないでしょ。とっとと死ねよ。全員、地獄に送ってあげるからさ」
「手間をかけさせるなよガキ。楽に死なせてやるかどうかは、そっちの出方次第なんだぞ」
「だからさぁ」
苛立ち混じりに、ノアは溜め息を吐き捨てるようにアサルトライフルを構えた。
「三流が口答えすんなって」
銃火が噴く。
リーダー格の間近にいた男の頭を撃ち抜き、それが合図となって戦争が始まった。中華料理屋の戦争だ。
カノシタはキャリーケースを盾として隠れる。ノアは走って跳ねて滑り込み、椅子を蹴飛ばし、テーブルを盾にしながら撃って身を隠す。
銃を手にした男達の集団は一斉に撃ちながら広がる。が、ノアはがそれを許さない。一面に広がって数で攻められることを不利と知っていたノアは、囲ませないように撃ち抜き、動く。
「何してる! 小娘一人だ! とっとと囲んで潰せ!」
それが出来ないから苦慮していた。
ノアは素早く、勇敢に、的確に動いていた。一人で全てを把握出来ず制圧は出来ない。故にするべきは一点集中突破。囲ませないよう常に一部を瓦解させる。その隙間に滑り込むように突っ込み、悪人共をぶち殺す。
男達は自棄になっていた。組織の半分が死んだ。ノアの挑発に乗り、後には引けない。文書の内容も把握できているか怪しい。ただヤクザの矜持に乗っかっただけにすぎない。
「きゃはは! 雑魚すぎるんだけど!」
「何だコイツ!?」
「速いぞ! 回り込まれるな!」
ノアの強さは予想以上だった。ただのクソガキに良いようにやられている男達は躍起になって仕留めにくる。
囲みから、一点集中に変わる。男達は全力を持ってノアを殺しにかかる。銃撃にかまわず、ナイフや日本刀で挑んでくる。一人二人は対したことないが、数が多くなれば話が変わってくる。対処が出来なくなってきた。
「ちぃっ──!」
苛立ち隠せず、ノアは舌打ちする。アサルトライフルのマガジンを交換する暇もなく、拳銃に持ち替えて応戦する。それでも間がなかった。
「死ねやぁ!」
いつの間にか背後をとられ、ナイフを持って突進してきた。対応できない訳ではないが、これはまずい。拳銃も弾切れになっていた。
「ああああああっ!」
「えっ!?」
ナイフを抜こうとした時、叫びながらカノシタが男に突っかかって押し倒した。どうした訳でもない。動かずとも良かった。だが、こんな場面で、少女一人にこんなことをさせる訳にはいかない。どうあろうとも、そんなことをさせてはいけないと思った。だから、体が勝手に動いていた。
「この野郎!」
ナイフを落とした男は顔を殴るが、カノシタは離さない。殴り返す。心臓が強く猛る。生きている感覚がした。
「ナイスぅ!」
拳銃のマガジンを交換したノアは、カノシタが押さえつけていた男の頭を撃ち抜く。撃ち抜いた衝撃で弾けた血が、カノシタの顔に飛び散った。
テーブルに隠れて、アサルトライフルのマガジンも交換。残りの敵を掃討した。
「この尻軽クソビッチがぁ!」
「────あ?」
残り一人になったリーダー格がアサルトライフルを撃ちまくる。ノアに意味はなく、蛇の如く地を這うよう瞬時に間合いを詰めると、突き蹴りを鳩尾にめり込ませて蹴り倒した。
男を踏みつけ、アサルトライフルの銃口を男の口内に押し込んだ。ノアの表情は、無表情になっていた。
「誰が軽いって?」
抑揚のない口調で、迷い無く引き金を引いた。
男の頭が爆ぜ、血と肉、脳髄がぐちゃぐちゃにされ、血の水溜まりが静かに広がっていった。
「超重いっつうの。雑ぁ魚」
瞬く間に広がる死屍累々の光景。硝煙と死臭の臭い。散らかったテーブルと椅子。静けさの中でノアがマガジン交換する鋼鉄の音だけが響いた。
「お仕事しゅーりょー!」
絶対にそんなテンションじゃない。そんなテスト開けのテンションで叫ぶ状況じゃないとカノシタはツッコミたかったが、そんな余裕はなかった。
ノアは周囲を見回して敵がいないことを確認。もはや従業員すらおらず、関係者もいない。隅っこのテーブルに残っていたシャンパンと空のグラスを見付けると、二人分のグラスに注いでカノシタに歩み寄った。
「お疲れ~。生きてるぅ?」
「な、なんとか……」
「良かった良かったぁ。文書回収で終わったけど、狙ってた奴らの皆殺しが仕事に入っちゃったからさぁ。ま、これで一件落着っしょ。だからぁ、仕事終わりの一杯ってやつぅ」
シャンパングラスを差し出され、カノシタは受け取った。
「かんぱぁい!」
グラスを合わせ、ノアはシャンパンを煽る。
それを見てカノシタもシャンパンを一気に飲み干した。心地良い炭酸とアルコール。良いシャンパンだった。
飲み干したノアはグラスを置き、少し頬を赤らませて顔をカノシタの耳元に近づけた。
「さっきの君、ちょっと格好良かったよ」
耳元で囁く甘い声は、相変わらず惑わす魅力がある。こうやって騙される男達がいるんだろうなと思った。
だが、にひひと笑う少女の表情は、年相応の可愛さがあった。
そんなノアの表情がぐにゃりと曲がる。
「あれ……」
視界が黒に染まっていく。体に力が入らない。シャンパンに酔ったのかと思ったが、いつもならこの程度で酔いはそれほど回らない。そもそも、これは酔いではない。
意識が揺らぐ。尻餅をついてしまい、椅子を支えにして立ち上がろうとするが力が入らず掴めない。眠い、ではない。意識が遠くなっていく感覚。
──何か入れやがったな、この野郎。
呂律が回らない。最後の最後で騙された気分だった。これから先、どうなるんだろうか。
「ダイジョーブ。安心していいよ。目が覚めれば全部終わってるからさぁ」
仰向けになったカノシタが最後に見たのは、自分を見下ろす少女の笑顔。
「ばいばい」
意識を失う直前。砂糖をぶち込んだような甘い別れの言葉を聞いた。今までは胸焼けを起こしそうな程だったのに、この時だけはもう少し聞いていたかった声だった。
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