第20話 眼光
地平線の彼方に白い砂嵐が巻き起こった。かと思えば、砂嵐の中から巨大な戦列艦がいくつも出現する。無数に現れた戦列艦は黒い津波のようにウルディードへ押しよせた。
神聖グランヒルド帝国が誇る水陸両用の戦列艦は、敵戦艦や城壁を一撃で粉砕する
ガイウス大帝はリリーの兄弟たちと一緒に帝国正規軍を率いてきた。それは神聖グランヒルド帝国の
──
軍港に立つリリーが不敵な笑みをこぼすころ、鉄柵を引き上げる金属音が響き渡った。
一番大きな戦列艦は『グランヒルド』という国名を冠した旗艦で、ガイウス大帝が乗船していた。『グランヒルド』が停泊すると鋼鉄の
「神聖グランヒルド帝国、ガイウス大帝のお出ましである!!」
戦列艦『グランヒルド』のなかから大声で叫ぶ声が聞こえてくる。ソフィアとジョシュ、親衛隊や儀仗兵は一斉に剣を抜き放ち、帝国軍旗と一緒にかかげた。ロイドとサリーシャは片膝をつき、レインも同じように
「「「帝国万歳!! 帝国万歳!! 帝国万歳!!」」」
親衛隊や儀仗兵が歓呼すると乗船橋に人影が現れる。人影のなかにはひときわ大きな体格の老人がいた。ゆったりとした真紅の宮廷服をまとい、『
「
「おお、余の可愛いリリー。ウルド砂漠の暑さにまいってはおらぬか?」
長旅だったにもかかわらず、ガイウス大帝はリリーの身体を気づかった。リリーはにこやかに微笑んでみせる。
「わたしは
「そうか、そうか。さすが余の孫だ」
リリーの明るい声を聞いたガイウス大帝は表情をくずして目を細めた。上機嫌になり、ロイドやサリーシャにも声をかける。
「ロイド、サリーシャ、出迎え大義である」
「「ウルディードまで行幸してくださり、誠に光栄でございます」」
ガイウス大帝は満足そうに頷き、跪いたままのレインへ視線を落とした。とたんに表情が一変して厳めしい顔つきになる。ガイウス大帝の顔色を見たリリーは『今からレインが結婚相手としてふさわしいかどうか判断される』と悟った。
レインが『リリーの結婚相手としてふさわしくない』と判断されれば結婚はとりやめとなり、反乱の計画が水泡に
──すべてはレインしだい……。
リリーはレインに命運を
× × ×
「レイン・ウォルフ・キースリング、顔を上げろ」
ガイウス大帝は威厳に満ちあふれた声でレインの名前を呼んだ。
「……はい」
「立て」
「は、はい!!」
レインも身長が高い方だが、ガイウス大帝と比べれば大人と子供だった。ガイウス大帝はリリーと同じ青い瞳でレインを見下ろした。
「お前がレインか……」
ガイウス大帝は首を傾げながらレインの顔を覗きこむ。
「お前の父ロイドは『
「……」
ガイウス大帝はレインを押し潰すように顔を近づけて返答を迫る。レインは困り果てた様子で目を伏せている。当たり前のことだがロイドも、サリーシャも助け船を出さない。
──しっかりして、沈黙は悪手よ。信念のない男という烙印を押されるわ。
リリーは委縮するレインを見て苛立ちを覚えた。そんな心中をよそにガイウス大帝はレインを問い
「お前はリリーと結婚できるほどの男か?」
「……」
「余がなぜ、リリーの結婚を認めたかわかるか?」
「……そ、それは」
レインはようやく顔を上げた。その顔はガイウス大帝の圧力を受け流すように涼しげだった。
「皇帝陛下の
「……ほう」
レインは嫌みのない柔らかな口調で答える。リリーは『レインもこのような受け答えができるのか』と感心した。そして、それはガイウス大帝も同じで、にやりと口元をほころばせる。
「お前がロイドのように強き藩王になり、サリーシャのように帝国に尽くすと考えたから結婚を認めたのだ」
「か、過分なお言葉を賜り光栄でございます」
レインが恐縮するとガイウス大帝の眼光が突然、鋭くなった。辺りは一瞬にして緊張感に包まれる。
「レインよ……何があっても必ずリリーを守れ」
「はい。当然でこざいます」
「絶対だぞ。二言は許さぬ。明日の婚礼で神々に誓う前に、まずは今、余の前で誓ってみせよ」
「……」
レインは戸惑って隣のリリーへちらりと視線を送ってくる。リリーもガイウス大帝の言葉が意外だったが、微笑みを絶やさなかった。
──レイン、あなたは誓えるの? わたしはもう誓ったわ。愛ではなく、復讐ですけれど……。
リリーは帝都グランゲートを出たときから覚悟を決めている。今さら動揺することはない。微笑んではいるが、冷徹な眼差しでレインを見守った。やがて、レインは静かに口を開いた。
「リリー殿下の夫として、リリー殿下をこの身に代えても守り抜きます。我が父ロイドと母サリーシャの名と名誉にかけて誓います」
レインの言葉から
「よくぞ申した。余は目に見えぬ神々に誓う人間よりも、父母の名と名誉にかけて誓う人間の方を信頼する。ロイド、サリーシャ、頼もしい息子を持ったな」
「「ありがたきお言葉」」
息子が無事に謁見できて安心したのか、ロイドとサリーシャは深々と頭を下げた。
「さて……」
ガイウス大帝は巨大な手をレインの肩へ置いた。
「リリーは余に似て気性の激しい部分もある。どうだ、リリーとは仲良くできそうか?」
「……」
レインはちらちらとリリーを確認しながら答えた。
「リリー殿下はわたしを気にかけてくれるお優しい方です。仲睦まじく過ごせることと存じます」
「そうか……お前はロイドと違って口上が上手いな。リリー、レインはお前を想ってくれているか?」
ガイウス大帝はレインに視線を落としたままリリーへ尋ねてくる。
「
「そうか、そうか。物足りないか……ふははははははははは!!!!」
リリーがありのままを答えるとガイウス大帝は空を仰いで哄笑する。笑い声で大地が揺れ、空気が震えるかと思われた。
「レインよ、花嫁を満足させるのも夫の勤めぞ」
「は、はい。努力いたします……」
「では、余は参るとするか。レイン、お前の家族となる兄弟たちにも挨拶いたせ」
「畏まりました」
「兄弟同士、手を取り合って神聖グランヒルド帝国を盛り立てるのだ」
ガイウス大帝はそう言い残して
──あとはお兄さまたちだけ……。
リリーは油断せずに気を引き締める。やがて、再び
「アレン皇太子殿下のお出ましである!!」
かけ声が響くと同時に皇子、皇女たちが次々と戦列艦『グランヒルド』から降りてきた。
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