第17話 終わりと始まり

「ねぇ、今夜、駿の家に泊まって良い?」


「え?」


「だめ?」


「あ、あぁ…良いよ」


「じゃあ、シャワー、借りるね」


そう言うと、いつかは、鞄の中から化粧水なんかを持ち出し、風呂場に向かった。


(最初から…泊まるつもりだったんだ…。じゃあ、やっぱり…いけないのかな?)


僕は、そんな事を考えていた。1年半、僕らは、プラトニックだった。いつかは何度か誘って来たけど、何やかや言い訳を作って、今まで避けて来た。


抱く気に、ならなかった。いつかが魅力的じゃないとか、そんなんじゃない。どうしても、天稀以外を、抱く気にならなかったんだ。抱きたいと、思わなかったんだ…。いつかにしてみれば、欲求不満にでもなっているのかも知れない。いつかは、普通の女なんだから。1年半もしなかったら、付き合っているのかもよく分からない。そう思うのが普通だろう。いつかは、悪くない。けど―――…。





「あー、気持ちよかった。お風呂、ありがと…」


僕は、床に正座していた。いつかは、それを見て、凄く驚いた顔をした。一体、何が始まるのだろうか、と。


僕は、正座して、そのまま、土下座した。そして言った。


「ごめん。いつか。やっぱり、いつかと…別れたい…」


「え…、何?急に…」


いつかがたじろいだ。


「いつかの事、好きだし、支えてもらって来た事は充分分かってる。でも…、やっぱり…、天稀の事が忘れられないんだ…。そんな想いのまま、いつかを抱く事は出来ない…」


「…………」


いつかは、しばらく何も言わなかった。罵倒…されるだろうか?とてつもなく責められるだろうか?バカにするなって、怒鳴られるだろうか?僕は、どれも、覚悟した。


「…だろうね…」


「え?」


「分かってるよ。私の事、好きでもないでしょ」


「そんな事…」


「先輩…友達…好きって言ってもその程度でしょ?」


僕は、何も言い返せなかった。


「じゃあ、帰るね」


「…せめて、送らせて」


「…うん…」





僕らは、無言のまま、駅まで歩いた。駅まで、結構遠くにある僕のアパートが、今、憎たらしく思えた。何とも、気まずくて…。


「駿?」


「え?」


「大丈夫だから。私は」


「いつか…」


「分かってたから。駿が、どんなに天稀ちゃんの事が好きだったか…。好き…か。それでも、一緒にいたいと言ったのは私なんだから。駿が私に悪い、なんて思う必要はないからね」


「…ご…」


「ごめんも要らない」


「………」


そう言われると、もういつかに僕が言える事は何もない。してあげられることも、何もない。とても、申し訳ない想いだった。



その時だった。



「ねぇ、駿」


「ん?」


「あれ」


「あれって?」


「あの子よ!あの子!天稀ちゃんじゃない!?」


「え!?」


いつかの指さす方に、必死で視線を送った。すると、髪はショートヘアで、服装もあの頃はいつもパンツ姿だったのに、セミロングのスカートを翻していて、ずーっとスニーカーだった足元はヒールだった。


でも、間違いない。




『知ってる』




あれは…あの後ろ姿は、天稀だった―――…。

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