第16話 前に進むってどうすれば良いのかな
「鳳君、この書類、コピー30部お願い」
「あ、はい」
いつか先輩に言われて、コピー機で書類を印刷していた。そのずーっと続く同じ音を聞いていたら、ぼーっとしてきて、また、天稀の顔が頭に浮かんだ。
「…君…り君…鳳君!」
「!あ、はい!なんでしょう!?」
僕は、慌てて返事をした。コピーは、とっくに終わっていた。
「天稀ちゃんの事、考えてたの?」
いつか先輩は、僕に気を使ってくれて、小声で尋ねた。
「すみません。なんかもう…癖みたいな感じになってて…」
「でも、仕事はちゃんとしないとだめだよ」
「はい…。すみません…」
「じゃあ、会議、始まるから、その資料、持ってきて」
「はい」
それから、いつか先輩は、僕の悩みを聞いてくれるようになった。僕は、告白された事なんて忘れて、先輩に遠慮もせず、ずけずけと、甘えるように、相談したり、愚痴ったり、時には、下戸のくせに少し気を紛らわした方が良いと言われ、お酒を薦められて飲んだりして、その時は、自分を失って、泣いたりした。それを、先輩は、笑って慰めてくれた。
「絶対また会えるって」
「まだ、合鍵、持ってるんでしょ?戻ってくる可能性は十分あるよ」
「天稀ちゃんを救ったのは、鳳君なんだから、彼女が鳳君を忘れることなんてないと思うけど…」
そう言って、何度も何度も、僕の背中を押してくれた。諦めるな、って。頑張れって。負けるなって。大丈夫だって。
―3年後―
僕は、25歳の誕生日を迎えた。僕の目の前には、手作りケーキが用意されていた。
「駿、誕生日おめでとう」
「ありがとう。いつか」
僕といつかは、1年半前に付き合い始めた。最初は再会を応援してくれていたいつかだったが、いつからか、もう頑張るな、とか、無理は良くない、とか、女は1人じゃない、とか、僕を前へ誘うようになった。それは分かったけれど、僕も、僕で、いつまで天稀の事を引きずるのかと思うと、気がめいってきていった。そこに、いつもいたのが、いつかだった。それが、いつかの作戦だとしても、狙いだったのだとしても、僕は、いつかに、頼らずにはいられなかった。
天稀の事を、忘れる事は出来なくても、先に進まないといけない。それも、一つの道だ。そう思って、一年半前、いつかの告白を受け入れた。
「このアパート…引っ越さないの?」
その言葉に、僕はケーキを口に運ぶフォークを持つ手が止まった。いつかと付き合っていながら、僕はまだ、どこかで、天稀の事を待っていたんだ。
「…もう…なんか住み慣れちゃって…。居心地がい良いって言うか…」
僕は、苦しい言い訳をした。でも、いつかは、『ふっ…』と笑った。
「ごめん。意地悪言った。無理しないで良いよ」
さすが年上。余裕がある。僕なんか、いつかと付き合って1年半も経つのに、まだ、緊張感が抜けない。
天稀は…天稀とは…一緒にいて、とても心地よかった。安心していられた。
誰より、自分を天稀に晒すことが、全く、怖くなかった。
「会いたい」
僕は今も、そう思わずには、いられなかった―――…。
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