第12話 さよなら

「店長!天稀からなんか伝言、預かってませんか!?」


「え?鳳君、君にも何も言わずに行っちゃったのかい?」


「え?」


「昨日、電話で、急で申し訳ないけど辞めさせてほしいって言って来てね、鳳君は知ってるの?って聞いたんだけど、はぐらかされちゃってね…。うちとしても痛手だよ。あんないい子、中々いないからね…。もし、また連絡あったら、うちに戻ってきてくれるように言って置いてよ」


「あ…はい…」


一緒に住んでいたから、スマホは買って置かなかった。こんな事なら、買っておけばよかった。1年も、一緒にいたんだから。でも、買おうとしなかったわけじゃなかった。何度、言っても、天稀が嫌がった。どうせ、この世で知ってる人は、駿と、店長だけだから、と言って。


「2人の名前と番号入れるだけの為にスマホなんて、勿体ないよ」


そう言って、天稀は笑っていた。




「なんで…どこに…言ったんだよ…天稀…」


何日も、何日も、駿は大学を休んで、探し回った。でも、よくよく考えると天稀の事なんて、何も知らない自分がいた。バイト先と、遊園地と、初めて出会った、あの段ボールのお城くらいだという事に、駿は絶望した。その3か所に、何日も、何度も、足を運んでも、天稀の姿はなかった。お化けの役のバイトでもしてるのかと思ったけど、お化け屋敷の中に入る勇気はなかった。


あの時の、カレーのあーん…食べとけば…良かった。



3週間、探し回って、何の情報も得られなかった。自分からいなくなった場合、警察は、ほとんど動いてはくれないと言うし…。でも、それも仕方ない。駿が大学に言っている間に、天稀のシフトの無い日に、アパートから、天稀の荷物だけ綺麗になくなっていたから。事件性はない、と言われても、引き下がる言葉が見つからない。


毎日、バイトだけはこなし、それが終わると、急いでアパートに帰った。もしかしたら、天稀が戻っているかも知れない…と、微かな希望を抱いて。でも、そんな生活が、3ヶ月も過ぎると、期待は、諦めに変わった。家に帰っても、何もする気が起きない。天稀がどんなに、自分にとって大きな存在になっていたのかを、駿は、思い知らされた。


「天稀…、どこ行ったの?戻ってきてよ…。戻って来いよ…。お前は…寂しくないのかよ…」


ノンアル飲料で、酔っ払った駿は、泣きそうになった。そして、天稀を抱いた夜を想い出した。天稀は、あの夜、とても悲し事を、山ほど言った。





『熱いって事は生きてるって事。靴がないって事は、私のものがあったって事。名前がなかったのは…野良犬みたいに、野良猫みたいに自由だって事』




あれは…きっと、本心だ。それが、当たり前になっていた、天稀が、余りに、悲惨な目に遭っていた事に、天稀が、気付いていない。それが、駿には、一番、悲しかった。そして、何故、自分の前から姿を消さなければならなかったのか…、駿には、いくら考えても、どんなに想像しても、答えは出なかった―――…。

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