第11話 ありがとう

「やっぱり…抱く気にならない?」


傷跡に気を取られている駿に、天稀が、悲しそうな声で聴いてきた。天稀の瞳が潤んでいたのは、恥ずかしさからじゃない。恐怖からだ。と、駿は気付いた。この体を、自分に見られて、拒絶されるのが怖くて、泣きそうになっていたのだ、と。


「良いんだよ?無理に好きになろうなんて思わなくても。ちょっと、手貸しちゃったから、後戻りできずにいるだけでしょ?駿は、優しいから…。でも、もう、駿のおかげでお金もたまったし、名前ももらったし、新しいバイト先見つけて、すぐ、別のアパート見つけるから…。無理しないで…」


そう言いかけた時、駿は、そっと、天稀のくちびるにキスをした。


「無理なんかしてない。そんなに…自分を人間じゃないみたいに言うのはもうやめろよ。火傷が何?いじめが何?ホームレスが何?大事なのは、今でしょ?今、天稀のこと、僕が嫌ってるとでも思ってるの?しっかりバイトして、本沢山読んで、接客も上手で、綺麗で、優しくて、明るくて、そんな天稀が、僕は大好きだよ」


「駿…。私、返せるもの…何も持ってないよ?駿のご両親に仕送りしてもらっちゃってるし…。お化け屋敷にも連れてっちゃったんだよ?あんなに嫌がってたのに…」


「そんな事で、気持ちが薄れたり、変わったりしないよ。そりゃ、お化け屋敷は怖かったけど、天稀が熱湯かけられたときの方が、よっぽど怖かっただろう?靴がなくなった時の方が、よっぽど悲しかっただろう?名前まで分からなくなる方が、よっぽど辛かっただろう?」


「……怖かったのかな?悲しかったのかな?辛かったのかな?良く…憶えてないんだ…。ただ、生きてるんだって思った。只、それだけ。熱いって事は生きてるって事。靴がないって事は、私のものだったものが、あったって事。名前がなかったのは…野良犬みたいに、野良猫みたいに、自由だって事。そう…想ってた…」


「そんな悲しい事…言わないで…」


「駿?…泣いてるの?」


駿は、泣きながら、もう一度、天稀にキスをした。


「抱いて…良い?」


「…うん…」


そっと、ブラジャーを外して、そっと、胸にキスをする。駿も、上着を脱ぐ。そっと、2人が、結ばれてゆく…。痛々しい傷跡を、癒すかのように、そっと駿は天稀を抱く。天稀は、人生で、一番幸せな瞬間を過ごしている気分だった。






「おはよう…」


「…おはよう…」


先に目覚めていたのは、駿だった。天稀は、少し照れながら、布団を少し深くかぶった。そして、顔を赤らめた。そうしたら、駿まで、恥ずかしくなって、腕枕なのに、逆を向いた。


「ふふ…。首、筋違えるよ?」


「良いの!」


「ありがとうね、駿」


駿は、天稀の方を向き直した。


「何の、ありがとう?」


「うーん…いろんな、ありがとう」


「何?それ」







それから、2週間後の事だった。天稀が、姿を消したのは―――…。

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