第9話 Your name
―3ヶ月後―
「駿、今更なんだけど…」
朝ごはんを食べている時に、私は駿に尋ねた。
「何?」
「駿は彼女いないの?」
「ぶっ!!ごほっ!!ごほっ!!」
「…きったないなー…」
思いっきり、ご飯粒が顔にかかった。
「そんなに悪い事聞いた?童貞か?って聞いてる訳じゃないんだし…」
「うごっ!!ふぶっ!!」
思いっきり、みそ汁をこぼした。
「ついでに言っとくと、私、処女だよ♡」
「ぶへぇっ!!うっふ!!こっほ!!!」
もう、食卓は滅茶苦茶。サラダは駿の吹き出した米粒だらけ。テーブルはみそ汁の海が築かれ、目玉焼きは、駿の箸で目玉が引き裂かれた。
「…………」
しばらく、ぜーぜー言いながら、水をたらふく飲みこむと、駿は、やっと落ち着きを取り戻し、言った。
「いないよ。いたら、もしもどんなに可哀想な境遇の子でも、お金位差し出したかもしれないけど、家には連れてこない。それこそ、最低な人間のするこ事だろ?」
「ふーん…そっか。駿は、本当に優しいんだね…。ねぇ、駿、一つだけ、聞いてい良い?」
「ん?何?」
「私とどこかで会った事ある?」
「え…無い…と思うけど…。なんで?」
「『知ってる』って思ったの。初めて駿に出逢った時。なんでだろうね」
「そう…なの?」
「私に名前くれる人…分かったのかな?自然と…本当、優しいね、駿は…」
「天稀…」
天稀は、微笑んだ。
「それは、天稀もだろ?店長、褒めてるよ。毎日、よく働くって。ミスもないし、優秀な子だって。天稀がもしも、学校行けてたら、きっと成績、良かっただろうな」
「うーん。それはどうか分からないけど、本はすごく好きになった。最初は、漢字読めなかったけど、駿の辞書見ながら読んでったら、この家の本全部読破出来たし、店の気になる本も、ほとんど読めるようになった!ありがとうね、駿」
『気になる本とは、一体何を差すのだろう?』
と駿は思った。なぜなら、お客様から、この本はどんな本か、どんな本がおすすめか、この本のここは何処をどう差しているのか、など、その多発的難解な質問を、なんの躊躇もなく、誰に助けを求めるでもなく、それでも、正確に、丁寧に、何を示唆しているのか、明確に提示した。それは、たまに、店内に拍手が起こるほどだった。
だから、気になる本とは、天稀の中で、あの書店のすべての本の事を差すのだろう。天稀は、たった3ヶ月で、あっという間に綺麗になった。本当に、別人の様に綺麗になった。少し、体重が増えて、健康的になったし、髪も、美容室で切ってもらって、モデルみたいになった。服も、自分で選ぶようになって、そのセンスの良さは、目を引くものがあった。メイクもするようになった。でも、元々まつげは長いし、色は白かったから、ちょっと化粧水をちゃんとつけて、荒れを治せば、ファンデーションは奇麗にのった。ポッと付けたチークが、また、可愛らしかった。
ここまで言えば分かるだろうけど、僕は、天稀に恋をし始めていた。いや、あの仁王立ちしていた天稀…イヤ、まだ、あの時は名前の無かった女の子。最低最悪の人生を、当たり前のように、苦しくもないよ、と、死なないために強くなったんだよ、と、涙をポロポロ零したあの女の子が、僕は愛おしくて仕方なかった。
天稀を…幸せにしたい…。
そう、思い始めていた―――…。
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