第8話 幸せ
コンコン…。
「…ん…はい…」
「天稀?朝ごはんで来たよ」
「あ、はい!」
天稀は、慌ててベッドから飛び起きた。
「夢じゃ…無かった…」
昨日、天稀は、中々眠れなかった。今日起きたことが全て妄想か夢で、目覚めたら、また段ボールのお城にいる気がした。
寝室の扉を開け、ダイニングへ向かうと、美味しそうなパンとバター、そしてコーヒーらしき匂いがしてきた。
「おはよう。天稀」
「おはよう。駿君」
「今日にでも、店長に紹介するよ。バイト」
「え?良いの?」
「うん。僕の知り合いって言った方が、向こうも安心すると思うし。何か天稀がへましても、受け皿になってあげられるでしょ?」
「へまなんてしないよ…」
私は、少し頬を膨らませた。
「冗談だよ。天稀、しっかりしてるから、仕事は出来そうだ。だから、大丈夫だよ」
朝ご飯を食べると、駿は、大学へ行った。その後、バイト先に紹介してくれると言う。それまで、家で好きなように、好きなだけ、テレビを見て、本を読んで、眠って、『退屈』を味わえ、と言われた。私は、その言葉通り、初めて、テレビを見た。笑った。本を見た。カナが無いと読めなかったから、漫画だけ読んだ。全部少年漫画だったけど、面白かった。そして、一通りやり尽くすと、やっぱり言われた通り、沢山、沢山、眠った。今まで、全然眠ってなかったみたいに…。
「ただいまー」
「お帰り」
「ゆっくりできた?」
「うん。おかげさまで」
「良かった。はい。これ」
「ん?なに?」
「服。ほんの5、6着だけど、ないよりましかと思って」
「え、私、今、2万くらいしかお金…」
「天稀からお金なんかとらないよ。プレゼント」
「…良い…の?」
「うん。よし、店長には電話しておいたから、着替えて、面接行こう」
「あ、はい!」
私は少し、気合を入れて、返事をした。
「あぁ、君が平安名天稀さんね」
「はい」
「何か、仕事経験はある?」
「新聞配達だけ…です」
「そう。苦労したんだね。よし。早速、明日から、シフト入ってもらおう」
「え、良いんですか?」
「あぁ。鳳くんの紹介なら間違いないだろう。それに、綺麗なお嬢さんだ」
「…!?」
『綺麗なお嬢さん』
なんて、自分に似つかわしくない表現だろう?天稀はそう思った。化粧もしていない。髪も自分で切っていたから、ぼさぼさに近い。無造作ヘア、とでも言えば、切り抜けられるだろうか?そんな言葉、天稀が知るはずもなかったが…。
「が、頑張ります!!よろしくお願いします!!」
「はい。よろしくね」
店長さんは、とても優しい顔で微笑んだ。
それから、毎日、学校にも行っていないから、1日最高の8時間、働かせてくれと、店長に頼み込み、天稀は、本の陳列、在庫の管理、店内の清掃、ポップづくり、その他、出来る事はすべてやった。毎日忙しくて、忙しくて…楽しかった。
夕方18時には、駿が合流するし、駿は遅番だから、帰りはいつも一緒。いつも一緒に、駿の…2人の家に帰る。
天稀は、毎日が、怖いくらい楽しかった。こんな感覚、一生味わう事無く終わって行っていただろう。あの日、駿に会えていなければ―――…。
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