第6話 残された傷
「天稀ちゃん、とりあえず、お風呂つかりな。すぐわかすから」
「え…良いんですか?」
「もちろん。シャワーだけじゃ、疲れ取れないでしょ」
鳳さんは、そう言って、屈託なく笑った。鳳さんは、すぐ浴室まで行って、スイッチを入れて、戻ってきた。どうしてればいいか分からない私に、こう聞いてきた。
「お腹、減ってない?」
「あ…別に…」
ぐ~ぐぐ~…。
なんて、むかつく腹なんだ。と、私は、恥ずかしい、という感情も、この時、初めて知った。
「あはは。インスタントラーメンで良ければ、すぐ用意するよ。待ってて」
「ごめんなさい…」
「謝る事ないよ。ここでは、自分ちとして生活して。冷蔵庫の中にある物もすきに食べて良いし、勿論、インスタント食品や、缶詰や、お菓子なんかも、目についたもの、なんでも食べちゃっていいから!」
「そこまでお腹減ってません…」
「あはは。そう?さっきのお腹の音は結構なものだったけど」
「う…」
鳳さんは、優しいだけじゃなくて、ユーモアがあって、懐が深くて、情に厚い。そして、少し変わり者。そんな人だと思う。じゃなきゃ、こんな誰かも分からない…名前すらなかった私を、自分の家に住まわせたりするだろうか?
「あ、お風呂湧くまで、そのソファにでも座ってて。お風呂の後、ご飯にしよう。僕もお腹すいちゃった」
🎵~♪~♬…。
お風呂の湧いた音がした。
「どうぞ。これ、一応洗ってあるから、臭くはないと思うよ。大きいかもしれないけど、買いに行くまで、我慢して」
そう言って、鳳さんは、バスタオルと、パジャマを差し出してくれた。
「…じゃあ、遠慮なく…」
「うん。ごゆっくり」
そして、この後、お風呂に入ろうとした私は、とんでもないモノを目にする。
服を脱いで、洗面台の鏡に目を移したその瞬間、私は、悲鳴をあげた。
「キャ――――――――――!!!」
ドタドタドタ…!!!
「どうしたの!?」
その声に、鳳さんが、慌てて脱衣所に駆け込んできた。バスタオル一枚姿の私に、たじろいで、
「ゴ、ゴメン!!」
そう言って、すぐ、鳳さんは脱衣所のドアを閉めた。そして、扉越しに、は話しかけて来た。
「どう…した?」
「………初めて…見たんです…」
「な、何を?」
「……自分の……体の、火傷の跡…」
「…………」
鳳さんは、何も言わなかった。言えなかったんだろう。何を言って良いか、逆の立場でも困る。それでも、鳳さんは、こう言った。
「天稀ちゃんの…心の傷は…そんなものじゃ…無いんだろうね…」
「鳳さん…私…強くも…弱くも…なれません…」
ガチャリッ!
私は、脱衣所の鍵を閉めて、そこあった剃刀を、左手首に翳した。
「待って!!天稀ちゃん!!強くも弱くもならなくていい!!泣いて良い!!喚いても良い!!叫んでもいい!!でも!!死なないで!!死なないで!!死なないで!!」
その言葉が、脱衣所にも、頭にも、剃刀を握った右手にも、響いた。私は、剃刀を落っことして、脱衣所の扉をせにへたり込んで、背向かいに感じる、鳳さんの温もりを、只々、感じていた―――…。
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