第4話 怖い

「私、強くなんてないですよ?ただ、自分の人生諦めてるだけです。私みたいなやつ、まぁ、生きてるだけでまぁまぁかな…って…」


「そんな事、あるはずないじゃないですか!泣いて良いんです!諦めなくて良いんです!普通って奴、望んで良いんですよ!?」


泣いているのは、鳳さんの方だ。私は、泣き方など、忘れた。…いや、分からない。悲しいとか、苦しいとか、辛いとか、そう言うの、全部分からなくなった。感じなくなった。その裏の、嬉しさや、楽しさ、悦びも…全部、分からないし、感じない。


でも、なんでだろう?このジュースは、飲み干してしまうのが、勿体ないくらいだった。




「僕で良ければ、何か、力になりますよ?」


「え?」


「何か、出来る事、ないですか?」


「………………」


私は、必死で考えた。人に、望みを叶えてもらう…、そんな経験、した事がない。みんな、奪うばかり。みんな、蔑むばかり。みんな、拒んでゆくばかり…。


「名前を…」


何分、考えたんだろう?やっと口から出た言葉が、それだった。


「名前を、ください」


「え?」


鳳さんも驚いている様だった。私としては、こういう言う願いに近い。


『翼を、ください』


名前があれば、私は、生まれ変われるような気がした。16歳にして、やっと、人生を始められるような、そんな感じ。


「名前、僕がつけて良いんですか?」


「え?…本当に、名前、くれるんですか?」


「履歴書の前で、2時間も仁王立ちしてたの、名前が書けなかったから…ですよね?」


「…そう…ですね…。それは、そうですけど…」


「素敵な名前、考えますね。2、3日、お時間、頂けますか?」


「え?そんな、テキトーで良いですよ」


私は、冗談のつもりで言ったのに、本気にしたうえ、時間までくれと言う。そんな鳳さんが、とてつもなく、素敵な人に思えた。でも、一瞬で、セーブをかけた。人と、深く関わって良い事があった試しは一度もない。なのに…。


「あなたに、適当は似合いません。素敵な名前が似合います。一生懸命考えるんで、時間、もらえますか?」


「い、良いですけど…、私、家、ないんで…」


「え?じゃあ、何処で暮らしてるんですか?」


「段ボールのお城ですよ。服も2、3着しか持ってません。新聞配達だけで生活してます。お風呂…っていうか、シャワーは漫画喫茶で、週1、2度程度です。汚いし、不潔だし、お金ないし、人に、いじめられたり、袋叩きにされたり…そんなの日常茶飯事ですよ。今日は、たまたま昨日シャワー浴びたんで臭くないですけど、いつもは臭いですよ?私となんて、関わらない方が鳳さんの為です」


「………」


鳳さんは、何も言い返さない。きっと、私が、それとなく…いや、はっきりと、自分と関わらない方が良いと言った事に、『それはそうか』とでも考えているのだろう。


「じゃあ。ジュース、ごちそうさまでした…。泣いたりして…すみませんでした。名前の事は忘れて下さい。冗談ですから」


そのまま、私は、そのベンチから腰を上げた。

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