第3話 強くなくていい

「あ、いえ、こちらこそ、すみません…」


「あれ?」


「?」


そうだ。子の声、聴いた事がある。丁寧に、私を人間扱いしてくれた、あの店員さんだ。


「あ、今日はどうも」


ご丁寧に、挨拶までしてくれるとは…。私は、しばし、孤独を忘れた。…いや、孤独など、とうの昔に克服した。…はずなのに、何故だろう?私の瞳からは、涙が零れていた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「…あ、や、平気です。すみません。何でもないので、行ってください」


「そんなわけにはいきませんよ。どうしたんですか?具合悪いようなら、俺、病院まで付き添いますけど…」


そうか、人って、こういう扱われ方をするものなんだ…。泣いたら、優しくしてもらえるんだ…。私は、16年生きて来て、初めてそれを知った。


そんな感情を味わってた最中のことだった。その人の…鳳駿さんの顔に、見覚えがあることに気が付いたのは…。


『知ってる』


そんな、気がしたのは…。


「とにかく、あのベンチで休みましょう。ジュースかなんか、買ってきますんで」


「あ…や、でも…」


「良いですから」


鳳さんは、そう言うと、私をベンチに残し、コンビニに走って行った。


どうしてだろう?『知ってる』なんて、思ったのは…。なんの根拠もない。なんの確証もない。だけど、何だか、とても懐かしくて、優しい空気が、初めてじゃない気がしたんだ。


(きっと、前世にでも会ってたのかな?なんてね…)


そんな、くだらない事を考えてたら、鳳さんが戻て来た。



「はい」


「あ、どうも。おいくらですか?」


私は、ジュースの値段を尋ねた。


「良いですよ。困ったときはお互い様です」


「でも…」


「本当、良いですから」


「ありがとうございます」


(昨日…シャワー浴びといて良かった…)


私は、とんでもなく、私らしくない事を考えた。異性に好かれたいとか、異性とか言う前に、もう人から好かれたいとか、なかったから。でも、鳳さんには、少しでもよく思われたかった。


「あ…の…」


「はい?」


鳳さんが、私に何か言いかけた。


「お名前…聞いても…良いですか?」


私は、急に、とてつもない恐怖に襲われた。『名前、分からないんです』なんて、どう考えても、聞いてきた人に悪い印象を与えるだろうし、与えなかったとしても、とてつもなく恥ずかしいことだ。でも、私には、正直に話すしかなかった。


「…名前…分からないんです…」


「え?」


「私、名前が無いんです。親からは虐待されて、名前、一度も呼んでもらった事なかったし、保育園にはいかなかったし、小中では、先生すら、私の名前を呼んではくれなかった。下駄箱には、『ブス』とか『馬鹿』とか『死ね』とか…それが、学校での私の名前でした。可笑しいですよね。こんなの…」


続けようとした時、私は、口を塞がれた。


「もういい」


「?」


「そんな悲しい事、笑って言わないでください…。なんで…そんな事、笑って語れるんですか?名前が…分からないなんて、そんな人、初めてです。そんな、悲しい事、笑って言える人も、初めてです。そんなに…強くなくていいんですよ?人間」


鳳さんが…そう、言った―――…。

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