第2話 人間扱い

ボーっとしてた。書店の、履歴書の置いてあるコーナーで。色々種類はあったけど、まさか、名前を書かなくていい履歴書なんてあるはずなくて…。肩幅に足を広げて、私は、数時間、そこに佇んでた。



その時だった。



「お客様。何か、お困りですか?」



そう、声をかけて来た人がいた。



『名前を書かないで良い履歴書が欲しいんです』



などと、言えるはずもなく、私は、とりあえず、こう聞いた。


「店員さんは、お名前、なんておっしゃるんですか?」


「え?」


その人は、男の店員さんだった。多分、モテル。背は高かったし、髪もいい感じに染まっている。でも、派手で、嫌味のある、色や髪型じゃなかった。


「あ、おおとりです。鳳駿おおとりしゅんと申します」


「へー…格好いい名前ですね…」


「いえいえ。とんでもないです。それより、先ほどから、ずっとこちらにおられますが、何かお困りごとがございましたら、遠慮なくお声がけください」


「あ、ありがとうございます…」


そう言うと、鳳さんはその場を離れて、他の仕事を始めたようだった。だけど、その時、私の中に、不思議な感情が湧いてきた。


『知ってる』


と言う、漠然とした感覚が。何を知ってるのか、誰を知ってるのか、この書店内の人のうち、誰か、会ったことのある人でもいたのだろうか?


それにしても、違ったんだ。今まで、感じた事の無い、高揚感が、私を包んだ。熱湯を浴びせられている時よりずっと、生きている気がした。でも、その主は、結局分からないまま、私は、2時間も履歴書の前にいただけの客として、書店を跡にした。


(なんだったんだろう?あの感覚…。まさか、小中の時の誰かがいたのかな?)


私は、怖くはなかったけど、面倒くさい、とは思った。あの時の連中が、もしも今現れたとして、金をせびるくらいのことは絶対と行って良いほどしてくるだろうし、新聞配達で稼げるお金は、ほんのわずか。漫画喫茶で、シャワーを浴びて、2,3着しか持っていない服を着まわしているなんてバレたら、不潔だの汚いだの言って、私の名前は、『雑巾』にでもなりかねない。


私は、感覚が消える所まで、少し早歩きをして、段ボールの城に戻った。ここは、ホッとする。誰も、覗き込んでくる変わり者はいない。みんな、関わりたくない、と思っている人種の集まりだからだ。私は私で、そこでも、孤立していた。


「ねぇちゃん、名前は?」


そう、のおじさんに話しかけられたけれど、分からないものは答えようがない。無視してたら、向こうから来なくなった。






「お腹…減ったな…。なんか、買って来よう…」


私は、ぼそりと独り言を言うと、段ボールから抜け出した。と、その時、ちょうど、歩いてきた誰かとぶつかってしまった。これはまずい。私は、常套句を持ち出した。


「申し訳ありません」


どれだけ罵られるかと思ったが、そのぶつかった人は、こう言った。


「すみません。大丈夫ですか?」


と―――…。

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