第22話 クランハウス

朝の6時くらいに教会の鐘が鳴る。

それを合図に起床。

伸びをすると全身がバキバキと音を立てた。


「やっぱ床の上で寝ると凝るな…野宿よりはマシだけど」


水魔法で顔を洗ってから、朝食を作り始める。

今日は塩豆入りの麦粥とハムだ。


「おはよう」

「おはようございます」


朝食を作っている間にライサ嬢が起きてきた。

全身を覆うワンピースタイプの寝巻き姿。

露出度は限りなく低い。

起きたばかりのようだったが、髪には櫛が入れられていて最低限の身だしなみは整えられていた。


「もう少しでできるので、座って待っていてください」

「分かった」


ほどなく出来上がった麦粥を皿に分けてテーブルに運び、2人で顔を突き合わせて朝食にした。


「今日は休み?」

「そうですね。今日と明日は休みにして、冒険者業は明後日から再開しましょう」

「今日の予定は?」

「俺は魔道具屋に魔石の換金行こうかと」


魔石は冒険者ギルドでも引き取ってもらえるが、せっかくのレア魔石なので魔道具屋に売り付けに行こうと思う。

そんなに値段が変わるわけでもないが、まあ魔道具とは付き合いもある。


「着いていってもいい?」

「え、ああ、もちろん」


というわけで、今日は2人で買い物に行くことになった。




朝食を終え、皿を洗い、各々出かける準備を済ませた後、俺達は職人街に向かった。

魔道具屋は表通りの商店街ではなく、何故か職人街の端っこに存在している。


「やあ、いらっしゃい」


店へ入ると、カウンターで眠そうにしていた店主に迎えられた。

店内は狭く、三方を天井まで届く棚に囲まれている。

窮屈を絵に描いたらこうなる、って感じの店だ。

他に客の姿も無い。

立地の悪さの所為か、年齢も(多分30代)性別も(多分男)ハッキリしない胡散臭い店主の所為か、大体いつも客はいない。

何故これで経営が成り立っているのか不思議でならない。


「おや、今日は彼女連れかい?」

「違えよ。ただのパーティーメンバーだ」

「何だつまんないの」


俺とライサ嬢の間に特別な関係は無い。

同居してる時点で特別かもしれないが…とにかく付き合ってるとかそういうのはない。

何なら顔と手以外の肌を見たことすらないぞ。

元貴族令嬢だけあって露出に関してはめちゃくちゃガードが固いのだ。

では何故そんな貞操観念強め女子のライサ嬢と、付き合ってもいないのに同居しているかといえば、理由はまあ金だ。




以下回想。


『宿代を抑えたいのだけど、安くて良い宿を知らない?』


ライサ嬢とパーティーを組んで1週間くらい経った頃、彼女からこんな質問を受けた。

この問いに対して、俺は良い答えを返せなかった。

安宿ならいくらでも知っているが、加えて良い宿となると途端に難しくなってくる。

自分が以前泊まっていた宿は、安くても防犯面に問題があった。

なんせ実際に金を盗まれている。

とてもじゃないが元貴族令嬢におすすめできる宿ではなかった。


『あなたは今どこに泊まっているの?』

『今は一軒家ですけど』


キッド達と行った『土竜退治』。

その報酬の金貨100枚で俺は家を買っていた。

宿の防犯性の低さに関しては俺もどうにかしたいと思っていたし、魚が食えるこの町から拠点を移す気もなかったから、家を買うのに迷いはなかった。

金貨100枚現金一括払いだ。


『何ならうちに住みますか?なーんて』

『…いいの?』

『…え?』


以上が俺とライサ嬢が同居している理由である。

将来(彼女や嫁や子供ができた時)に備えて広めの家にしていたのが、良かったのか、悪かったのか。

回想終わり。




「今日は魔石を売りにきた。豚魔人オークの特殊個体から出てきたやつで、しかも雷の魔石だ」

「わお。豚魔人で雷の魔石は私も初めて見るよ。貸して貸して〜」

「はいよ。ついでに魔道具も補充したい。閃光弾と音響弾。あと臭い球も1つくれ」

「はいはい、いつものやつね」

魔法薬ポーションは補充しなくていいの?」

「あー、そういえば1本使いましたね。買っていきましょうか」

「魔法薬なら良いのがあるよ!」

「いや、いい。普通の下級魔法薬をくれ」

「まあまあ、とにかく見ていってくれよ。お嬢さん、そっちの棚の赤い小瓶を持ってきてくれないかい」

「これ?赤い魔法薬…?」

「…ちなみに材料は?」

亜竜ワイバーンの肉に毒虫の体液エキスと大牛蛙の卵の殻を砕いたやつを…」

「もういい、普通のをくれ」

「えー!!」

「…」


ライサ嬢は無言で小瓶を棚に返した。


「滋養強壮に良い素材だけで作ってるのに…」

「普通に薬草から作れ」


そんな得体の知れない魔法薬怖くて飲めねえよ。

この魔道具屋、腕は良いんだが頭のネジが何本か外れているのが欠点である。

致命的過ぎるな…。


「他にも何か買っていかないかい?」

「いや、いい」

「そう言わず!本日の目玉商品はこの媚薬!淫魔の体液エキスを惜しみなく注ぎ込んだ逸品で、値段はなんと金貨3枚ぽっきりだよ!」

「いらん」


淫魔ってこの間の奴じゃないだろうな?

何にしてもいらん。

というか、女性のいる前でそんなもん出すんじゃねえ。

その後もいくつか胡散臭い魔道具を勧められたが、全て右から左へ受け流して退店した。


「面白いお店ね」

「え、うーん…まあ…うーん…まあ…」


…まあ、ライサ嬢が楽しかったのならそれでいいか…。




魔道具屋を出た俺達は武具屋に向かった。

特に何を買う予定もないが、どうせ休みの日だ。

何をしたっていいだろう。

武具屋は職人街から表通りに出てすぐの所にある。

広めの店内はザックリ見て武器売り場と防具売り場に分かれていて、俺は剣を中心に見て回った。


「流石にどれも良い値段するな…」


長剣は数打ちの安い品でも大銀貨1枚から。

高い物は金貨の世界だ。


「買い換えるのはまだ先でいいか…あれ、ライサさん?」


気付いたらライサ嬢がいなくなっていた。

探しに行くと、店の隅で何かを熱心に眺めていた。


「何か良いものありました?」


彼女が見ていたのは盾だった。

片手で持てるタイプの木製盾。


「魔物に近付かれた時の備えを持っておいた方がいいかと思って」

「ああー…」

「ダメ?」

「盾はなぁ…。重いし、嵩張かさばるんですよね…」


冒険者は徒歩で長距離移動が基本だから、重くて嵩張る盾はあんまりおすすめしない。

足場の悪い山や森を歩くので、荷物は軽い方が良いし、手が塞がっていると危険だ。


「そもそも魔物の攻撃を盾で防げるか?という問題もあって」


小鬼ゴブリンみたいな小型の魔物ならどうにかなるかもしれないが、豚魔人みたいな大型の魔物の攻撃を盾で受けたら盾ごと吹き飛ばされてしまうだろう。

防御した腕は折れるだろうし…。


「そう…」


理由を聞いて、ライサ嬢は盾の購入を断念した。

しかし、やや後ろ髪を引かれている様子だった。


(この前は淫魔に接近されて結構ピンチだったからな…)


平気そうに振るまっていたが、内心不安になっていたのかもしれない。


「重くなくて嵩張らなくて防御力が上がる装備なら、外套とか着込む系ですかね」


布1枚増やすだけでも衝撃を緩和できる。

要所を金属で補強すれば防御力もそれなりだ。

というわけで俺達は防具売り場を見に行った。




まず革鎧コーナーに出たが、俺はこれを華麗にスルー。


「革鎧はダメなの?」

「この辺のは男性向けなので…」

「そうなのね」


いや女性でも付けれる人はいるけど。

ただ、胸部装甲が厚めの人は特注してもらうしかないから…。


「外套はこの辺みたいですね」

「ちょっと…高いわね…」

「まあ、木の盾と比べたらね…」


問題は他にもあった。

これから夏がやってくる。

あまり厚手の生地だと暑さにやられてしまうかもしれない。


「となると、こっちの肩掛けとか」


肩から胸までを覆う短めの上着。

ケープと言った方が伝わりやすいか。

ライサ嬢が手に取ったケープは、胸元に短い鉄柱が2本埋まっていて、心臓を守れるデザインになっていた。

色は深緑。

飾り気は無いが、森の中でも目立たない冒険者向け装備だ。

お値段は銀貨8枚。


「うーん…」


高いというほどでもないが、安くもない。

迷っているようだったので金は俺が出すことにした。


「いいの?」

「臨時収入もありましたからね。あと、ライサさんの装備に関しては前から気になってたので」


元の装備を銀狼に噛み千切られてから、ライサ嬢は間に合わせの安物を着込んでいた。

安い布の服に、安い黒のローブ。

高けりゃ良いってもんでもないが、美人で綺麗で貴族の雰囲気漂う彼女が貧相な服装というのはアンバランスであった。


「仲間の装備代くらい持ちますよ。一応俺、パーティーリーダーなんで」

「…ありがとう」

「おや、お兄さん、彼女さんに贈り物かい?いいねえ、青春だね!」

「違います」


ニヤケ面の下世話な店主が出てきた所為で微妙に締まらなかったが、まあ、いいか…。




武具屋を出たら太陽が真上にあったので、近くの飯屋に入って昼食にした。


「この後はどうするの?」

「用事は済んだので、何でもいいんですけど。帰りに夕食の材料だけ買っていきたいですね」

「今日の夕食は?」

「どうしましょうね。とりあえずスープ系にして、明日の朝はパンとスープにしたいんですけど」


パンは硬い黒パンしか一般には出回ってないので、スープが無いと食えないのだ。


「それなら、夕食を考えながら色々見て回る?」

「そうしましょう。せっかくなんで高い酒も買っちゃいましょうか」

「お金使い過ぎてない?」

「まだ雷の魔石でお釣りが来るくらいですよ」

「そう」




その後は肉屋に寄り、八百屋に寄り、酒屋に寄った辺りで、昼の3時の鐘が鳴ったので、家に戻ることにした。


「沢山買ったね」

「ちょっと買い過ぎたかもしれませんね…」


俺もライサ嬢も両手に荷物を抱えている。

元貴族令嬢のライサ嬢に荷物を持たせてしまったのは良くなかったかもしれん。

反省。


「…皆んな私達のこと付き合ってると思ってたね」

「困ったもんですね」


まあ、男女2人で買い物してたらそういう風に見えるよな。


「嫌だった?」

「そんなことは」


いや俺だって、ライサ嬢が彼女になったらいいなあとは思ったことあるよ。

同居してる以上、嫌われてはいないとも思ってる。


「でも俺とライサさんでは釣り合いませんよね…」

「そうね…」


貴族社会において婚姻は家のために行うこと。

家格の釣り合う相手としか結婚しないし、まして平民との貴賤結婚なんてありえない。

ライサ嬢の目標が貴族に返り咲くことである以上、平民の俺では釣り合いが取れない。

もしも俺が彼女と添い遂げたいと思うなら、彼女に貴族の夢を諦めさせるしかない。

「貴族に戻るなんてほとんど不可能だ」

しかし、彼女の生い立ちを聞いてそんなことが言えるほど、俺は傲慢にはなれない。

論理的にありえない。




翌朝。

家で休んでいると訪問者があった。


「あれ、バーニーちゃん?」

「た、大変です!蛇が!」


彼女の手には一通の手紙が握られていた。

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