最終章 大団円

第21話 淫魔の催淫香

ライサ嬢とパーティーを組んでから早2ヶ月。


「もうそろそろ夏ですね」

「そうね」


見上げる空は高く、澄んでいて…。


(何かでっけえ雲があるな…。天空城ラピュタとか入ってないかな…)




その日も冒険者ギルドで依頼を受けた俺達は、依頼主と会うため東門に向かった。


「依頼を受けて来ました。銀級冒険者パーティーの『双魔』です」


魔法使いが2人で『双魔』だ。

安直だが、『黄昏の暴風』とかよりはマシだろう。

『暴風』はまあ勇ましい感じがするから良いとしても、『黄昏』は何なんだ?

夕方から夜にかけての時間帯だったら何だってんだ?


「ああ、どうも。…って、2人とも若いな?大丈夫かよ」


依頼主の行商人に会うと怪訝な顔を向けられた。

まあ、いつものことである。

俺達は若く、そして何より冒険者にしては身綺麗過ぎた。

冒険者は荒事の専門家であるから、多少粗野で野蛮な感じがする方がウケは良い。


「俺も彼女も魔法使いです。水も火も出せます」

「何、そいつは本当かよ!」


実際に水魔法を使ってみせると、依頼主は大層喜んだ。

旅の間は水の確保が難しい場面が多い。

しかし、水魔法使いがいれば水問題は8割方解決する。

汗を流すのにも、ケツを流すのにも、涼を取ることにも気兼ねなく水を使えるようになるのだ。


「ただ魔法で作った水なんで、飲むことはできないんですけど」

「そうなのか。いや、それでも十分だ。最近は暑くなってきたし、水をケチらなくて良いってのは最高だぜ。よろしく頼むよ」




町を出た俺達は東に向かって進んだ。

護衛対象は馬車1台と、馬車の尻にもう1台連結されている荷車の上の積荷だ。

馬車の歩みはゆったりとして、石畳で舗装された街道上をポクポクと進んでいった。

護衛の俺達は馬車の隣を徒歩で着いていった。


「目的地はここから2日ほど行った東の町だ。が、途中で2、3村にも寄って、肉を卸してこなきゃならねえ」

「肉屋さんですか?」

「違うけど、夏場は魔物が多いからな」


冬を越えて春に目を覚ました魔物共は夏に最も活発になる。

よって、夏場の旅に護衛は絶対必要になるが、近くの村へ肉を卸しに行くのに毎回護衛を雇っていたら肉屋は商売上がったり。

しかし肉屋が来なければ村は食べる物が無くなってしまう。

それでこの時期だけは行商人が肉の分配に回るらしい。


「大した金にもならねえ仕事なんだけどな」

「重要な仕事じゃないですか」

「まあなぁ…って、言ってる傍から魔物だ!」


町を出て早々に、俺達は角兎アルミラージの群れと遭遇した。

中型犬くらいのデカ兎で、名前の通り頭から一本角が生えている。

目つきが鋭く、手足は長く、人を見れば角を突き刺しにくる好戦的な魔物だ。

可愛いペットの兎を想像してると別物過ぎてショックを受けるぞ。


氷撃槍アイスランス!」


とはいえ、所詮は遠距離攻撃手段の無い銅級の魔物である。

俺達の敵ではない。

ライサ嬢の放った氷魔法1発で兎共は氷漬けになった。


「おいおい、すげえな。瞬殺かよ」

「どうも」


ライサ嬢は強い。

魔法の腕前は俺より遥かに上だ。

頑張れば上級魔法も撃てるらしいから相当なもんである。

ただ近接戦闘の心得は無いため、近寄られたらアウトだ。

まあ、そうなった時は俺が頑張れば良い。

遠距離はライサ嬢、近中距離は俺の担当というのがうちの役割分担だ。




「うわ、また魔物だ!」


今度の襲撃は豚魔人オーク2体だった。


「氷撃槍!」


が、またしてもライサ嬢の魔法1発で終わった。

…やることが何も無え。

いや、良いんだけどね。

楽だし、1番安全だし…。


「すいません。魔石だけ回収してきていいですか?」

「ああ、構わんよ」


豚魔人の魔石に大した価値は無い。

だが、ライサ嬢の目的が金を集めて貴族に返り咲くことなので、一応毎回回収するようにしている。


「肉はいいのか?豚魔人といったら肉だろ?」

嵩張かさばっても邪魔なんで」


豚魔人の安い魔石でも1個で大銅貨数枚にはなる。

手の平に収まるくらいの大きさで大銅貨数枚だから、グラム単価で言ったら肉より全然高い。

俺は率先して魔石の回収に向かった。

ここまで特に何もしていなかったからな。

ちょっとは仕事しないと…。


「さて…」


氷漬けになった豚魔人はまだ死んでいなかった。

外側を凍らされて身動きが取れなくなっているだけだ。

俺はまず剣の尻で殴って頭部周辺の氷を砕き、すぐ後に豚魔人の頭をカチ割ってトドメを刺した。

2体とも絶命したのを確認して、ライサ嬢に氷を解いてもらう。

死体の胸をカッさばいて魔石を取り出せば、剥ぎ取り完了だ。


「おや?」


2体目の豚魔人の魔石は腹から取り出すのに若干の苦労を要した。

理由は魔石が普通より大きめだったからだ。

もしやと思い、俺は取り出した魔石に魔力を流してみた。

すると、内部が黄色く輝いた。


「雷の魔石だ!こいつ特殊個体だったのか!」


瞬殺した所為で分からなかったが、どうやら2体目の豚魔人は魔法を使う特殊個体だったらしい。


「ライサさん」

「どうかしたの?」

「どうも1匹当たりが混ざっていたようです」

「当たり?」


馬車まで戻った俺はライサ嬢に魔石を渡した。


「こっちが普通の豚魔人の魔石。そっちが特殊個体の魔石です」

「特殊個体?」

「豚魔人は魔法を使わない魔物ですけど、こいつは多分雷の魔法を使う珍しい豚魔人でした」

「そういうのもいるのね。もしかして、倒さない方が良かった?」

「いや、特殊個体は通常個体より強いと相場が決まっているので、何かされる前に倒してくれて良かったですよ」

「そう」


そして、これが1番重要だが、特殊個体の魔石は高く売れる。

普通の魔石の3倍〜5倍くらいの値が付くが、これはとりわけ希少な雷の魔石なので、金貨1枚くらいにはなるだろう。


「これ1つで金貨1枚…」

「運が良かったですね」


昼のうちに2度も魔物の襲撃に遭ったのは不運だが、雷の魔石をゲットできたのは運が良かった。

引きが強いと言うか、悪運が強いと言ったらいいのか。


(この2ヶ月、似たようなことが度々あったなあ)


どうも、ライサ嬢はそういう星の元に生まれてきたらしい。




その後も何度か魔物の襲撃を受けたが、全てライサ嬢の魔法でどうにかなった。

旅程にも遅れは発生せず、2日目の昼には目的地である東の町が見えてきた。


「何でか魔物はいつもより沢山出てきたけど、君らのおかげで無事に町まで着けそうだよ」

「まだ到着したわけではないので、気を抜くのは着いてからにしましょう」

「おっと、悪い悪い。冒険者さんは用心深いねえ」


遠目に町の姿は見えているが、俺達はまだ林道の中を歩いているところだ。

道の脇には木々が立ち並び、遮蔽物になっていて見通しも良くない。

気を抜くにはまだ早過ぎる。

歴の長い冒険者なら皆んなそう判断するはずだ。


「ふぁ…」

「…」


気の抜けるような欠伸あくびの音は、馬車を挟んだ反対側のライサ嬢から出たものだった。

…まあ、ライサ嬢は冒険者になってから数ヶ月しか経っていないから…。

実力はあっても、彼女はまだまだ新米冒険者なのである。


「…ん?…何か臭うな?」


俺はその『嗅いだことが無いのに慣れ親しんだような臭い』の出所を探して辺りを見回し…。


「ライサさん!!」


ライサ嬢のすぐ横に淫魔インキュバスが飛んでいるのを見つけた。


火球ファイヤーボール!」


俺は即座に淫魔へ向けて魔法を放った。

だが、馬車の反対側で距離もあったため魔法は外れた。


「何だ!?魔物か!?」

「淫魔です!大丈夫ですか、ライサさん!」


俺は馬車を越えてライサ嬢の元に駆け寄った。

ライサ嬢はうつろな瞳でぼんやりとしている。

完全に淫魔の香りに当てられていた。


「くそ!こんな昼間から淫魔かよ!」


淫魔。

それは背中に羽の生えた空飛ぶ猿で、特殊な香りで異性を誘惑する厄介な魔物だ。


「UKIKIKIKI!!」

「笑ってんじゃねえ、クソ猿!火球!」


俺の魔法はまたしても外れたが、元々牽制用に放ったものなので問題はない。

淫魔を遠ざけた俺は、正気を失っているライサ嬢を抱えて荷車の上に飛び乗った。


「全速力で町へ!」

「わ、分かった!」

「UKIKIKIKI!!」

「火球!」


行商人が鞭を入れると馬は驚いて走り出した。

ガタガタ揺れる荷車の上から何度も魔法を放ったが、1発も当たらなかった。

しかし、脅しくらいにはなったのか、淫魔は気色悪い笑い声を上げた後に林の中へと消えていった。




「ふう…。大丈夫ですか、ライサさん」

「…エドワード…好き…」

「あぁ、これは完全に駄目だな」


淫魔や女淫魔サキュバスの香りは、同性には悪臭だが異性には大変好ましい香りに感じられるらしい。

異性がこの香りを嗅ぐと催淫状態になり、正常な判断力を失ってしまう。

俺は背負い袋から下級の魔法薬ポーションを取り出し、ライサ嬢に飲ませた。

催淫状態を解除する方法は3つ。

顔面を平手打ちするか、冷水をぶっかけるか、魔法薬を飲ませるか。

水魔法を使っても良かったが、まあ1番穏当な方法を選んだ。

しばらくすると、ライサ嬢は正気を取り戻した。


「わ、私…一体何を…」

「淫魔の催淫香に当てられたんですよ」

「さ、催淫…」


異性が催淫香の誘惑に抵抗することは難しい。

よって、淫魔と遭遇した場合は即撤退か、遠距離攻撃手段があるなら近づかれる前に殺すべし、とされている。

淫魔も女淫魔も外見は豚魔人よりも醜いが、催淫状態に陥ると魅力的な異性の姿に見えてしまうらしい。

自ら進んで淫魔と交わりに行き、精力を搾り取られ、最後には食い殺されて死ぬ。

冒険者にとって最悪の死に方の1つだ。


「淫魔には近付かないことが第一。まあ、今回は町に着いてないのに気を抜いたのがまずかったですね」

「…はい」


ライサ嬢は真っ赤な顔で、荷台の上で小さくなっていた。


「…あの…私、何か言っていましたか」

「…………いや、何も…」

「…そう…」

「…」

「…」

「…」


気まずい沈黙は、馬車が町に着くまでの間続いた。




町から町への遠征時は、帰りの道すがら別の依頼を受けるのが基本である。

俺達は手頃な依頼を求めて、東の町の冒険者ギルドに寄っていった。

そこで1つの噂を耳にした。


「王都の方で魔物氾濫スタンピードがあったんだってよ」


魔物氾濫は山や森から魔物が溢れて人里へ押し寄せてくる現象だ。

この世界では災害の1つとされている。


「大丈夫かしら…」

「まあ、多分大丈夫でしょう」

「どうしてそう思うの?」

「今王都にはキッド達がいるはずなので」

「キッド?」

「『竜殺し』って言ったら分かります?」


キッドがいれば魔物氾濫くらいどうにでもなるだろう。

王都からこの町までは結構な距離がある。

俺達が気にする必要は特にないだろう。


「で、どんなモンスターが溢れたんだ?」

「何でも、大量の毒蛇だったってよ」

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